(一)

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(一)

     (一)  たいして厚みのない年賀状の束。母宛のものを数枚横に滑らせていくと、わたしの名前が目に飛び込んできて、 「あ、やっぱりモトコ……」 「なに?」  思わずのつぶやきに、キッチンから母が声をよこした。 「ううん。モトコまた間違えて送ってきてる」  実家を離れてもう三年。転居の知らせは知人すべてに送っているのに、未だこっちにまじるものがある。  たしか半年ぐらい前に逢ったときもそのことは話したし、たまに交わすメールでも……。  おっちょこちょいは未だ治らないわね。  唇を緩めながら、その大学時代からの友人の賀状を裏返す。 《相変わらず育児いそがし~! でも、ちょっとした成長がその苦労を消し去る! 好花(よしか)もがんばって!》  一年ぶりに見る丁寧な彼女のまる文字が、二歳の女の子をまん中にした家族写真とともにある。  その幸福そうな家庭を眺めながらカップをとった。  今では一日一杯と決めているコーヒーの香りが、リビング内に満ちていたかつおだしのそれを割る。母の、毎年変わらないお雑煮の下準備の香り。  妊娠中でもそれぐらいのカフェイン摂取は問題ないということだ。だが、以前は中毒といってもいいほどのコーヒー党だったわたしにとっては、逆にストレスが問題になるのでは……とも真剣に危惧した。しかし、やってみると案外すんなりその日常に順応できた。それは、母になる自覚が自ずと備わっていたからかな……なんて思ってみたりもして。 「好花もがんばって!」  一口の苦みを味わい、心中でそのエールを口にすると、わたしは目立つようになってきた腹部のふくらみをなぜた。 「モトコちゃんもすっかりお母さんの感じになったわね~」  おせちをテーブルに運んできた母に彼女からのメッセージを見せると、そう顔をほころばせた。 「そうかしら? 子どもが隣にいるからそう見えるんじゃない?」 「そんなことないわよ。(せん)に見たときより、しっかりとした顔つきになってるもの。―――お母さんに似ね、この()ちゃんは」 「そ~お?」 「そ~よ。目も輪郭もまんまるじゃない」  細めた目を、母は葉書に寄せいった。  自分の初孫を見たときは、その表情はさらに緩むのかしら……。
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