あらかじめ失われた恋人 ーたった一人の銀河鉄道ー

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 結局、この日記だけを持ってきてしまいました。  やわらかな背もたれに体を預けて私は目を瞑っています。  両の腕の中には数冊の古ぼけたノート。私の薄い長袖シャツの胸元で体温を吸った表紙が今度は逆に冷え始めた腕を温めています。  少し寒くなってきました。  晩秋の渓谷を流れるのにも似た大気が首筋をなぞる。座っているのに、水の中にでもいるかのように、足元がふわふわと定まらない感じがするのは、ずっと地面が揺れているからでしょうか。一定の間隔で訪れる、かたんという大きな揺れが薄い革靴の底にぶつかってちいさく音を立て、私は軽く身震いしました。  そろそろ起きるべきときかもしれません。  目を閉じたままでは見ることのできないものを、私はこれから見なくてはなりません。目を開けましょう。おはようございます。  そうして眠りが途切れたばかりの視線はぼんやりと己の足下をさまよいます。焦点の合わぬ視界の向こうで、磨き抜かれた濃褐色の木の床が鈍く光り、その光の筋の脇でぽっかりと見開かれている大きな木目。  ただの黒い丸、そのくせ妙に主張の強いそれに、ひたすらじっと見つめられているような気がします。見つめる目は見つめられている側に妄想を起こさせます。その視線が自分に向けられる意味、自分にとって都合のよい理由を。けれどそんな予測はたいてい当たりません。  当たり前です。その予測は期待。  期待は裏切られたほうがむしろ正しいのです。期待は希望とは違います。追い求めずただそこにあり、静かに美しく輝くそれとは。  なんて、  木目になんの感情があるというのでしょう。けれど期待に慣れたこの体に思惑のない視線を向けられることは、かえって苦痛でもあるのです。  失せろ。見るな。  私のつま先がその目を(にじ)りました。
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