雪の卵

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 掃除機の吸い込みがやけに悪いと思って見てみたら、何やら動物の毛が絡みついているようだった。年末の大掃除の最中のことだった。  よくよく見ると毛ではない。羽毛……なのだろう、たぶん。掃除機のホースの先にからんだその羽毛を引き抜く。掃除機にからんでいたにも関わらず、その白い羽は乱れることもなくすっきりと美しい。  鳥など飼っていただろうか、この狭いワンルームで。一人暮らしの長い人生の伴に鳥を選んで過ごした月日があっただろうかと考える。……よく思い出せない。自分の人生のことであるというのに。  ひとまず羽毛を取り除いた掃除機は元通りに動くようになったので、中断していた掃除を再開する。――と、ベッドの下の壁際ぎりぎりに小さな鳥カゴが押し込まれているのを見つけた。もう二度と見なくて済むように、と視界に入らぬように追いやられたかのようだった。  これをした犯人は誰なのか、と考えれば、それはやはり私なのだろう。この部屋の住人は私きりで、友人を部屋にあげることも好まないから、この部屋にある荷物はすべて私のものでしかない。  ベッドの奥に手を伸ばし、押し込まれた鳥カゴを引っ張り出す。レトロなデザインの鳥籠だった。そこに注がれていたであろう愛情と愛着を感じ、首を振る。その愛情を注いでいたのは他でもない私だ。そんな気がする。  先ほどの白い羽を中に入れてみる。するとどこからか鳴き声が聞こえた。  憶えていないのだから気付く必要もないのに、意識がそちらにひかれる。……鳥の声。  窓を見れば外は雪。いつから降っていただろう。もうずっと、降り続いているのだろう。  あの雪の中に私は……。  窓を開ける。一面の銀世界だった。せせこましい都会のはずなのに、部屋から見える道に歩く人の姿は見当たらない。車の走る音も聞こえず、私のいる部屋だけが取り残されたかのようだった。  鳴き声は変わらず聞こえてくる。無視をして掃除を続けないと、と思う。もう今日は大みそかだ。大掃除を終わらせて、今年の思い煩いも後悔もすべて忘れて拭い去って「この年」に置き去りにして、まっさらに綺麗な新年を迎えないといけない。  来年には新しい私にならなくてはいけないのだから。  だから鳴かないでほしいのに、鳥の鳴き声は雪の中から聞こえ続ける。  呼ばれてもいない。求められてもいない。そう思い込みたいのに、他にあの鳴き声に気付く人はこの世界に私ひとりしかいない。  掃除を中断して、私は地面に厚く積もった雪に手を伸ばした。
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