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『いらっしゃい。ってなんだ麻依か、どうした?
今日はバイト休みだろ。』
コーヒーにお湯を注ぎ、湯気に軽く咽りながらも話す母の弟、茂松健治(しげまつけんじ)。
言うなれば叔父に当たる人だ。
『なんだってってひどい。アタシがいないとすぐこうなんだから、もう。今日は時給いらないからここにいさせて…』
エプロンを付け始めると流しにたまっていた食器を一枚一枚、丁寧に洗う。
何かを忘れるように、また一枚また一枚と泡立て綺麗に洗い流した。
麻依の両親が死んでからというもの健治は本当の娘のようにかわいがり、海が見渡せる小さな喫茶店を営んでいた。
テーブル、イス、床など店の大半のものはアンティーク調に木製で作られており、歩くとみしみし独特な音がする。
大きなガラス扉の向こうには海が見え、そこを開けると辺りが一望でき、風に乗ってほんのり潮の香りが漂ってくる。
夜になるとあちらこちらに置かれたローソクに火を灯し、照明代わりにする。
薄ら暗い店内は何とも言えないロマンチックな雰囲気を醸し出し、まるでお伽話にも出てきそうなそんなお店だ。
そしてカウンターの端にはかすみそうが飾られ、
店を眺めているかのように存在感をアピールしている。
麻依は時折、その店で手伝いをしているのだ。
ここにいる時はお客が入り、どんなに忙しくても自分が必要とされている、そう思えるそんな場所だ。
『わかった、おまえ旦那の雅樹(まさき)さんと喧嘩しただろう。また帰ってこないのか?』
心配していると気付かれないように冗談ぽく尋ねるその様子に息を飲む。
『うん。…喧嘩出来ればまた違ったのかも。なんて、何でもない。ねぇ、それより平気?』
誤魔化す気はなかったが、ドリップから粉が零れカップから溢れ出るコーヒーを見ながら慌てて言った。
『あっちい、あっちいな。優しく拭いてくれる嫁さんでも貰おうかな、へへ。』
じんわり茶色に染み付くワイシャツの袖口を拭きながら二人は顔を見合わせると笑った。
『あら、アタシじゃご不満ですか?でも何で結婚しないの?いい歳なのに…』
『いい歳って、あのな。』
からかう姿に笑いながら、拳を握り叩く真似をする健治を見つめた。
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