第三章 友の味

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今この瞬間、健治の代わりに自分が行くと決めた。 アタシならかまわないでしょ… だけどと戸惑うレイに 『したらあなたは仕事が終わってから今日は行かずに寝れるでしょ、その目の下のクマ、治おしたほうがいいわよ。寝てないんじゃない?』 健治には話さないという約束でレイは渋々、了承してくれた。 薬品の匂いが漂う病院。 四階の一番奥に向うと[坂城司(さかしろつかさ)]と書かれた名札を見つけ、お花を持ち彼のあとに続く。そこは静かな個室だった。 『失礼します。』 小さな声で挨拶をし、中へと入った。 『親父、お見舞いに来てくれたぞ、健じいの…ん、健じいの……』 言葉に詰まる様子に 『娘でいいわよ。』 と微笑む。 振り返ると頷き、だってと伝えている。 『今日は天気がいいから窓開けようか。 もう外は夏だぞ。』 遠くで蝉の鳴く声が聞える。 彼が立ち上がり窓に移動した時、アタシは信じられないその姿を目の当たりにした。 口には管が繋がれ息を自分ですることもできず、身体のあちらこちらには数えきれないほどのたくさんの機械が繋がれ、ピッピッと心拍数の音だけが一定の速さで響いていた。 ―辛うじて生きてるよ。 そんな健治との会話を思い出した。 そして自然と昔を思い出してしまう。 忘れたくても忘れることができないあの姿を… 自分の家族が亡くなった時の出来事が走馬灯のように次々と浮かぶが、目を瞑り深く瞬きするとゆっくり近づき話し掛けた。
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