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『こんにちは初めまして、麻依と言います。
健治さんのお友達ですよね、代わりにアタシがお邪魔させてもらいました。
今日は日ざしが強くてすごく暑いですよ。』
窓を開けたとたんに、蝉の大合唱とぬるまゆい風が入ってきた。
『お花をいけてくるわね。ナースステーションで花瓶借りてくる。』
レイが何度も話す、後悔の意味を理解した。
―後悔
その二文字が行ったり来たり頭に浮かぶ。
『なぁ親父、健じいに会いたいか?あの人は本当にいい人だよ。親父もいい友達もってるんだな。』
戻ろうとすると扉越しに話す彼の声が聞こえた。
いつもこうして一人で来て、いつもこうして一人で話し掛けているのだろうか。
考えただけでも胸の奥がわしづかみされたように痛くなった。
帰りのエレベーター前。
お節介は承知の上わざと明るく話し掛けた。
『アタシに出来る事があったら言ってね。』
と、ありふれた言葉だけど心の芯がそう揺れたから。
そしてエレベーターに乗ろうと一人のおじいさんがこちらに向かい手を挙げた。
『どうぞ、何階に行かれますか?』
尋ねると二回目でやっと、こう返事が返ってきたのだ。
『…地下三階にお願いします。』
と…
今にも消えてしまいそうな小さな小さな声で。
そして何気なく地下三階のボタンを押そうと…
利き手が止まる。
そこは最後に家族に触れた場所。
そんな暗く重い場所を指しているのだった。
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