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「光希ちゃんって、綺麗なものが好きなのね」
「え?」
唐突にそう言われ、フォークからシフォンケーキが落ちる。カフェで2人だけの歓迎会が開かれ、宮瀬先輩にケーキとコーヒーを奢ってもらっていた。
「ど、どうして急に」
「ほら、美術館の絵とか、大理石の彫刻とか、光希ちゃん好きって言ってたでしょ? 今日ここに来るまでも、信号待ちとかでぼんやりしてたから、何見てるのかなぁと思ったら、向かいに立っていた綺麗めな男の人を見つめていたし。今も店員さんが美人だったから、まじまじと見ていたし」
「ほ、本当ですか?」
「うん。それにこの前、私が兵庫に行ったお土産の袋を見て、光希ちゃんなんて言ったか覚えてる?」
全然覚えていない。
「この白鳥、とっても綺麗ですねぇって言ったの。実際それは白鳥じゃなくて、コウノトリだったんだけど。お菓子の種類とか、そういうの気になると思ってたのに。その時から、変わってるなぁとは思ってたんだけど」
「自分では全然気づきませんでした」
「意外と自分の癖とか趣向って分からないものよ。多分、光希ちゃんは……言い方悪いけれど、面食いなのかも」
「め、面食い?」
「顔で彼氏を選んだりしてない?」
「さあ、どうでしょう」
私は私が分からない。宮瀬先輩がそう言うのなら、正解かもしれない。コーヒーを上唇につけ、それから静かな店内でぼそりと呟いた。
「私はずっと……間違ってばかりだったんで」
人と自分を比べるのはやめなさい。無駄に劣等感に襲われるだけだから。一時的な感情にとらわれるのも、やめなさい。必ずあとで後悔するから。それらは全て、父と母から教わった事だった。
「私が考えるから、間違った選択をしてしまうんだ。……ある時を境にして、そう思うようになりました。だから、自分を一番理解してくれている人、つまり両親に判断を任せるようになったんです。図々しいですけれど、全て責任転嫁でした。結局、傷つくのが怖かったんです。とにかくずっと逃げて逃げて、そして……。将来をじっくり考えるようになってから、現実を知りました。私はずっと両親に甘え過ぎていたのだと」
「うん」
「就活も、何の疑問もなく始めていました。嫌々では無かったし、大学まで行かせてもらえた分、早く就職して一人前になろうと思っていたんです。……でも」
「でも?」
カップを掴む指が、じわりと汗ばんでいる。声を出すのに、こんなに力が入るのかと、自分でも驚いていた。
「インターン、履歴書、面接、2次面接、3次面接、最終面接……段階を踏んでいくごとに、不思議な感覚にとらわれて行ったんです。何というか……漠然とした表現になるんですけれど、視界が悪くなって行って。最終面接では、もう何も見えなくなっていました」
最初は、就活生なら誰しも経験する、不安とストレスのせいだと思っていた。でも、精神的な負担の原因はそれだけではなかった。例えるならば、自分の殻から抜け出せず、いつまでも必死にもがく、蝶や蝉の幼虫に似ている。やりたい事があるのに、やる方法が分からない。心と体一致せず、崩れてしまう。自分のやっていることが、正しいとは思えなくなる。これをどう説明すれば良いのだろう。
「それで、今は?」
「え?」
「今は、すっきりした?」
どうだろう。少なくとも、あの頃のように、1日が永遠のように感じられる事はなくなった。
「…そう、ですね」
「そっか、良かった」
軽い声に励まされ、口角を上げてみる。それが正解かどうかも、私には分からない。
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