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episode5
終電に間に合ったものの、家までの距離が途方もなく長かった。やっとアパートが見えて来て、玄関に入ると力尽きてうつ伏せに倒れる。結局ご飯も食べずに、布団の中に丸まった。服ぐらい変えようかと思ったけれど、もう限界だ。自分のすすり泣く声を聞きながら、眠りの世界へと落ちて行った。
次に目が覚めた時には、太陽が真上に昇り、眩しい光がカーテンを通り越し、部屋の中へと注ぎ込まれていた。寝ぼけたまま足だけを動かし、鏡の前に立ってみる。酷い隈のせいで、顔色が最悪だ。一度伸びをしてみると、腰のあたりがポキッと鳴った。ぎっくり腰ではない。けれど筋肉痛と寝違えたせいで、体中が痛い。時計を見ると、既に講義の時間はとっくに過ぎていた。新学期に入って初めてサボってしまった。もう間に合わないとは知りつつ、出掛ける準備を始める。歯磨きをしながら、スマホの画面を開いた。宮瀬先輩からメッセージが届いている。
「なんか駒田から、光希ちゃんに連絡して欲しいって頼まれたから、伝えるね。電話に出て欲しいだってさ。あんな奴の言う事なんて、別に無視していいからね」
それからもう1行付け加えられている。
「あと、私は今実家に戻ってて、しばらく大学に顔を出せそうにないの。学芸員の手伝い、任せちゃってごめんね」
つまり、しばらくは研究室に、駒田先輩と2人だけ。この際、直接話をして、誤解を解いた方が良いだろう。電話だとまた、すれ違って話が通じない気がする。駒田先輩の連絡先を、改めて登録し、メッセージを1件だけ送った。
「今日の16時頃、講義終わりで良いので、研究室で会えませんか」
既読がすぐにつき、「もちろん」とスタンプ付きで帰って来る。
16時ならまだ時間があるけれど、早めに研究室に行こう。顔を洗ってから、下地とファンデをし、口紅を塗る。いつも通りのメイクだと、ここで終わりだ。でも、最後に香水をつけるのを思い出し、さっと振った。最近暑くなってきたので、7分丈のストライプシャツを着て、ジーンズへと履き替える。昨日の夜に雨でも降ったのか、靴底が濡れて表面が汚れていた。やはり覚えていない。靴棚に他の靴があったので、それに替えて行く事した。靴ベラを取る時に、ある物が目に入るけど、見て見ぬフリをする。いつも通りイヤホンを耳に着け、家を出た。
この一連の行動が、後で私を助ける事となる。
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