episode5

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 佐和さんは、もう一度アイドルの舞台へと戻りたいと思っていた。毎日化粧をし、体型を維持するために余分なものを吐き、いつも朗らかな笑みを浮かべていたのは、その為ではなかった。神社で佐和さんと別れる際、言われた事を思いだす。 「昨日、津島さんから連絡があったんだ。津島っていうのは、俺の元マネージャーなんだけど。……今回は大目に見るけれど、今後は対応を考える事もあるからって言われたんだ。だから……」 「うん、分かった」  敢えて素っ気なく返事をし、その場から逃げた。私がどれだけ、佐和さんに迷惑をかけたのか、よく分かった。彼はアイドルに戻るのではなく、一刻も早く忘れ去りたかった。なのに、私が邪魔をした。よく考えれば分かるじゃないか。LyricのCDを見つけたのは、ゴミ袋の中だった。もしも今でも未練があるのなら、捨てたりなんかしない。引き出しの中へとしまっておくはずだ。  家に帰ってから、2つの忘れ物を思い出した。1つはイヤホンである。佐和さんに取られ、そのままになってしまった。そして2つ目は、駒田先輩との約束である。佐和さんの事で気を取られてしまい、早めに大学に行こうとしていたにもかかわらず、家に戻ってきてしまったのだ。しばらく何もない虚空を見つめ、ぼんやしているうちに、16時を過ぎてしまった。急いでお詫びのメッセージを送り、また話をさせて下さいと頼む。しかし、先輩から既読はつかず、そのまま放置されてしまった。  きっと今、第3の壁の前にいる。城田柚と再会し、自分の汚い心と向き合っている。どうして私を含め、人は容姿に固執してしまうのだろうか。誰だって、初対面の相手は外見から判断する。綺麗、かっこいい、面白い、優しい、頼もしい、落ち着く、一緒にいたい、好き。道なりに沿ってゴールをしなければならない時、必ず第一印象からスタートする。中身を知らないと、相手を好きかどうか分からないのに。  相手を知るための近道は、自らの偏見を捨てること。けれど、それが一番難しい。相手を本気で好きになるのに時間がかかるのと同じで、本当は最低な人間だと知るのにも、意外と時間はかかる。それをこの後、目の当たりにする。
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