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「それで、最後に脅したんだ。もしも俺を抜けさせないと、お前が男をすきだって事を世間にばらすってさ」
「それで……どうなったの?」
「金を渡された。手のひらを返したように。世間にはどうかばらさないでと。事務所を辞めるのと、交換条件に。それで……まあ、今に至るかな」
最後まで話を聞いても、分からない事がある。聞かずにはいられない。
「じゃあ、どうして……」
どうして。
「ずっと髪を切らずに、アイドルの頃のままだったの?」
「それは……」
もう分かるでしょ、と泣き笑いのような顔をされる。赤い目元をそっと拭ってあげた。
「何もかも捨てた時、俺にはもう、これしか残っていなかったんだ」
これまで10年間、ずっと見た目だけを気にしてきた。すると中身のない空洞の像へと、体が石化していった。
「綺麗でいないと、誰も愛してくれない。ずっと、そう思ってた」
「うん」
「でも不思議だな。髪を切った時、……全然苦しくなかった。なんだ、俺が背負ってきたものは、こんなものかって」
無理して笑う彼を、そっと抱きしめる。
「佐和さんは、今も昔も綺麗だよ。きっと奏多さんたちや事務所の人も、佐和さんの心が綺麗だから、手放したくないって思ったんだよ」
そこでLyricの曲を思い出す。
君に出会い、君を愛し、そして手放した。
本当に、Ly-ricの人たちは、嘘つきだろうか。
10年という長い間、佐和さんを縛ってしまったからこそ、彼を解放してくれた。金を渡されたとは、つまり自由を与えたとも言える。
都合の良い第三者目線の答えだけれど。真実を知るすべがないのなら、少しでもハッピーエンドで収めたい。
温かい風が、窓の隙間から流れてくる。外には美しい三日月が、照り輝いていた。
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