episode1

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「―になりたいの」  氷に亀裂が走ったように、後頭部のあたりが痛い。そのまま2つに割れてしまいそうだ。耳鳴りが激しくなったと思うと、それは自分の鼓動の音で、まるで全身が心臓になったみたいだ。先に母が口を開くかと思ったけれど、父は普段とは比べ物にならない程、発泡スチロールのように抜けた声を漏らしていた。 「中途半端でも、助けてやれないよ。もう子供じゃないんだから」  優しく、怖がらせないように。なるべく威圧感を与えないように。手に取るように分かる心遣いが、さらに私を苦しめた。そして全身の毛が逆立って行く。けれど途端に猛烈な羞恥心が襲って来て、穴があったら入りたくなる。父はただ私を心配して、そう言ったのではない。可能性の無さを自覚していない娘に対し、哀れみの心から本音が漏れ出たまでなのだ。父は呆れていた。見果てぬ地へと旅を繰り出す娘を、見送らず引き留めもせず、困ったようにしょげる姿が脳裏に浮かぶ。失望の色がどんどんと濃くなっていく。続けて母も、溜息を吐いていた。 「あんたは、普通に就職した方が絶対に良い」  そっちの方が向いている、と未来を見て来たかのような口調で、私を諭す。期待して、なんて言ってない。けれど矢尻を向けられた気分になり、とても不快だった。そんな言い方しなくたって良いじゃないか。別に、ニートになるって言ったわけでも無いのに。
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