エピローグ

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エピローグ

 みつきの記憶の中の俺は、さぞかし美しく儚げな少年だったのだろう。だが、実際は違う。彼女は純粋過ぎるがゆえに、俺に騙された。昔も今も、変わらない。本当は、みつきに復讐するために、隣に引っ越してきたのだ。 「本当に、切っちゃうんですか?」 「えぇ。ばっさりお願いします。南さん」  彼女は頷いてから、いつになく緊張した面持ちで、俺の髪に触れる。  これからカットが終わるまでの時間はたっぷりある。少し、昔話でもしてみよう。 「男子なのに、女の子みたい。変なの」  初めて会った時、彼女は俺にそう言った。じっと睨むと、まるで「私に何か文句でも?」と言いたげで、高飛車でプライドの高さが露わになる。あぁ、この子はシンデレラに出てくる義理の姉か、白雪姫の魔女みたいだなと思った。俺は主役。あの子は脇役でしかない。  いじめられた時、正直呆れていた。女の子の服を俺に着せたところで、どうなると言うのだ。正々堂々と着て黒板の前に立つと、皆が笑っていた。でも、みんな高橋光希に合わせているだけだった。あの後、女子に「すごく似合ってる」とか、囲まれて褒められた。あの子も憐れな物だな、と拍子抜けして同情さえ感じる。クラスの人間は、全員マジョリティに従っているだけ。その中心にいて、喜んでいるのは高橋光希だけ。これぐらいのいじめなら、痛くも痒くもない。近いうちに、俺が逆の立場になっているだろうと思っていた。だが、誤算だったのは、担任の先生である。あの人が俺を見る目は、違っていた。あぁ、面倒な奴に目をつけられた、と予感がし、案の定放課後に呼び出されるようになった。 「城田は、我慢強くていい子だ」  大人しくて、可愛らしい子供。それを演じていれば、必ず味方現れる。自分の容姿を武器にしていれば、どうとでも反撃はできる。お人形のように可愛らしい子供だと印象付ける一方で、計算高くて小賢しい性格が育っていく。愛されればいい。愛されれば、必ず報われる。そうやって自分自身を慰めていたのかもしれない。心と体が分離していく。  担任の先生が逮捕された日、俺は保健室に隠れていた。決して屈せず、だからといって従順にもならず、今日まで我慢してきた甲斐があった。パトカーに乗せられる姿は滑稽で、笑いが止まらない。当然の罰である。俺は正しい。  そこへ、またしても高橋光希がやって来た。あの女、何しに来たのだと苛立ちを覚えるが、ある考えが浮かぶ。わざと泣いたふりをして、驚かせてやろう。  効果はてき面だった。泣き声を聞いた途端に、廊下へと走り出し、逃げて行ったのである。もう笑いをこらえきれず、腹を抱えて笑った。その姿を追ってやろうと、その先をついて行く。けれど、後悔した。ついて行かなければよかった。  彼女はトイレで泣いていた。女子トイレとは知りつつ、そっと中に入ると、嘔吐する音が聞こえて来た。何度も何度も、「ごめんなさい、ごめんなさい」と繰り返していた。  俺の心には、熱がない。なのに、どうしてだろう。どうして俺が、悪いみたいに感じてしまうのだろう。あの子が悪いのに。あの子がいじめたのに。俺の方が可愛いのに。気に入らない、気に入らない。気に入らない。
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