episode1

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アパートの階段を上ると、青い制服に身を包んだ、屈強な男性とすれ違う。私の顔をみると、体育会系の挨拶をして、すぐに小走りでトラックへと向って行った。それが何度も続いたので、「あぁ、誰か引っ越してきたのか」と他人事のように思う。けれどすぐに異変を察し、まさかと思い自分の部屋へと走った。  無造作に積まれた段ボールが、玄関の前を塞いでいる。隣の部屋を少しだけ覗くと、やはり新しい住民が引っ越してきたようだった。あまりに早過ぎる。それに絶妙なタイミングに違和感を覚える。偶然とは思えない状況に、僅かな好奇心が疼いていた。業者の男性がいなくなったのを見計らい、もう一度隣の部屋を覗いてみた。すると、美容院で嗅いだことのあるような、果物と花が混ざったような香りがふわりと舞う。これは、私とは違う領域の人間だ、とすぐに直感して、体を引っ込めた。段ボールの隙間からは、つるりとした純白の陶器が見えていた。 「さわ!」  涙袋が大きく、特徴のある吊り目がちな瞳。まるで子猫のような女の子が、息を切らして階段を上ってくる。さわ、が何を指しているのか理解出来ず、つい固まってしまった。すると目の前で鉢合わせになり、女の子はぽかんと口を半開きにした。 「…誰? あなた」 「え、あ、えっと……」  隣に住む者です。ただそう言えば良いのに、声が喉でつっかえる。理由は簡単だ。彼女の目に敵意の色が見えたからである。警戒心の強い子なのだと思ったけれど、次の瞬間、生クリームのように甘ったるい声を発した。 「さわぁ、荷物重いから、持っていよぉ」 「はいはい。今行くから」
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