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「タバコ。やめようと思うんだよね」
お前があまりにも軽い調子で言うから、初めは意味が分からなかった。
「なんで? 健康診断ひっかかったか?」
「いや。あいつに言われたんだ。タバコの匂い、好きじゃないんだって」
言いながら、お前は深いため息のように煙を吐き出した。
「10年付き合ったタバコを捨てて、会って3ヶ月の女を選ぶわけか」
「今回はマジなの。来月から一緒に住むし。そういう、ケジメ? 見せなきゃだよなーって思ってんの。だから、やめる」
「じゃあ、今吸ってるのが最後の一本?」
「え。今日で、いや手元の吸い終わったら」
「ケジメちゃんとしろ」
取り上げられると思ったのか、タバコを隠そうとする。
いらないって、タバコなんて。
自分のポケットから、タバコとライターを取り出す。箱から一本をゆすり出し、口に運ぶーーその手を途中で止めた。
それに気づいて、お前は怪訝な顔をする。
俺が何を考えているのか、どうせお前には分からないよ。
お前が見ているのを確認してから、タバコを箱に戻す。そして、吸い殻入れに溜まった黒い水の中に、箱ごと落としてやった。
完全に予想外だったのだろう。お前は目を見開いた。
「何してんの!?」
「だって、やめるんだろ」
「いや、それは俺の話だろ」
「だから俺もやめる。これ、ケジメ」
「……マジかよ」
お前は慌てて、口に加えていた分と、残っていたタバコを同じように吸い殻入れに落とした。
勿体ないと思っているのだろうか。少しの間、黒く淀んだ水に沈んでいくタバコを見つめてから、
「どうだ!」
「いや、俺に宣言してどうする」
「あ。それもそうだな」
そう言って笑いやがった。
「でも、俺はともかく。お前は無理にタバコやめる必要なくない?」
「いや。俺もやめようと思ってたんだ。必要ないから」
「必要ない?」
「そ。タバコは俺には、必要ない」
軽く手を上げて挨拶する。一足先に、2人きりだった喫煙室を後にした。
お前が追いついたりしないよう、足早にその場を離れる。
タバコを吸うようになったのは2年前。この喫煙室でお前を見かけた時からだった。
だから。
お前がタバコをやめるなら、俺もタバコをやめる。それだけの話だ。
結局。
タバコをおいしいと思えたことは、一度もなかった。
終
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