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入学したばかりの、高校一年生の四月の半ば。校舎の中はまだ慣れなくて、巨大な迷路のように感じる。
わたし、宮原なずながこの風城高校に入ったのは、落ち着いた校内の空気感と制服のデザインが好みだったから。……それと、吹奏楽部があまり強くないから。
「あれ、廊下どっちだろ。右? 左?」
「たぶん、右。こっちの方向から聴こえてくる」
階段を上って、廊下をたどって、いくつかの教室の前を通り抜けて。
やっと、屋上につづく階段の前に着いた。
「へええー、ほんとに聴こえる。これがトロンボーンの音なんだ」
早紀ちゃんの声は、わくわくと弾んでいる。
一体、どんな人が演奏しているんだろう。改めて聴くとかなりうまいから、三年生かな?
ぼんやりしていると、トンと背中を押された。
「ほら、階段上ってみよ。そんで、ちょっとのぞいちゃお!」
「う、うん」
正直、吹奏楽はもうこりごり。でも、ここまで来てしまったからには気になる。
深呼吸をしてから、クリーム色をした屋上へのドアをひと思いに開けた。
その途端、肩まで伸ばした髪がぶわっと春風になびいて、反射的にまぶたを閉じた。
目を開いたときに視界に映ったのは、どこまでも広い一面の青空。
その青を背負うようにして、ひとりの男子がトロンボーンを吹いていた。
少し茶色がかった髪色と、ブレザーを羽織ったまっすぐな背筋。金色に光る楽器から出される音色は、風に乗って遠くまで響いている。
「なずなー! 見えなーい!」
後ろから早紀ちゃんに声をかけられて、ずっと入り口をふさいでいたことに気がついた。
「ごめんね」
「おー、本物のトロンボーンだ。かっこいー! あれ、あの人一年生なんだ」
よく見ると、たしかに上ばきのふちの色が、わたしたちと同じ緑色だった。
……一年生なの?
「嘘でしょう⁉︎」
驚きのあまり、声のボリュームが一段階大きくなる。
あの男子の耳にも届いてしまったようで、こちらを振り向いた。
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