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並んで歩きながら、少しずつ会話した。
タカハシです、と彼は短く名乗った。
社会人だけれど、1ヶ月だけ休職して、聴講生として学びに来ているのだという。きっかり10歳年上の30歳だそうだ。
その髪や服のセンスに、奇妙な懐かしさを覚えた。あの古い劇場のステージに立っていた劇団員ですと言われたらしっくりくるかもしれない。
長身というほどでもないけれど体つきはがっしりしていて、ワイシャツの袖から伸びるたくましい腕には筋肉が張りつめている。
「いい大学ですね、星南は」
夏の日差しをきらきら受けながら、タカハシさんはまぶしそうに目を細めて言った。
「気に入りました?」
自分の手柄でもないのにどことなく誇らしい気持ちになって、口角がゆるりと上がってしまう。
「はい。敷地内に緑が多いし、講師陣はレベルが高いし、それに学食もおいしい」
最後はわたしの方を見て、彼はくすりと笑った。それだけで、なんだか胸の内側をくすぐられたような気がして、わたしはぎくしゃくと目を逸らした。女子を採点する男子もいるけど──そんなことは、今、彼の耳には入れたくないし入れる必要もないのだ。
彼の言葉には、どこか外国語にも聞こえる不思議なイントネーションがあった。
不思議なのに、なんだか心地いいな。年上なのに、この垣根の低さは何なんだろう。
彼はまぶしそうに目を細め、前髪を軽く揺すりながら
「大学って劇場みたいなにおいがするよね」
と言った。
一瞬、時が止まった気がした。
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