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「それにしても、サーティーワンってまだあるんだねえ」
「そりゃ、そんなに簡単になくならないですよ。世界のサーティーワンですよ」
「ははは。……いや、チョコミントって美味いね。俺もはまりそう」
タカハシさんはにっこり笑うと、小さな丸椅子から立ち上がって伸びをした。胸の筋肉までがわずかに上下するのがポロシャツ越しに見えた。
「それは……よかったです」
なんだか複雑な気持ちになって、わたしはモールの敷地内を行く恋人たちや家族連れを眺める。
この人が――タカハシさんが夏月目当てじゃなかったら、この瞬間はわたしにとっても輝かしい青春の1ページになるだろうに、と。
ミントですうすうした口のまま、何を見るともなくファッションフロアを流した。
レディースファッション、メンズファッション、靴に鞄、時計に貴金属。タカハシさんはどれもこれも興味を引かれるようで、「ごめん、ちょっと見ていい?」と短く叫ぶように言ってはテナントに飛びこんでゆく。その背中を見るたび、不思議な愉悦がわたしを満たした。
明確な目的を持たずに買い物する時間とは、なんて優雅なのだろう。
「なんか真幌、最近きれい」
サンドイッチをつまみながら夏月が言った。
本館の端にあるカフェテリアは主に軽食やスイーツを扱い、学食よりも男子の利用が少ない。
「そんなこと……あるよ」
「あるの?」
「うん。ちゃんと化粧を始めてみた。どう?」
夏月は遠慮なくその端整な顔をわたしに近づけた。男子だったらきっとどきどきする距離感だ。自分が見つめられているのに、わたしは夏月の肌のきめ細かさに見とれる。
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