67人が本棚に入れています
本棚に追加
「わ、ほんとだ。アイライン入ってる」
「美容雑誌というものを買ってみたの」
ショッピングモールで過ごした土曜日のことを甘く胸に蘇らせながら、わたしはパストラミサンドイッチを咀嚼する。
一緒にチョコミントアイスを食べたあの日、名残惜しく別れて帰るその足で、わたしは書店に寄り、美容雑誌を買い求めた。
彼の目に、もっと魅力的に映りたい。そう思うのは必然な気がした。
たとえ、その瞳が夏月しか映していなくても。
「真幌は化粧とか興味ないのかと思ってたよ」
見事な縦ロールを揺らして夏月は微笑む。ゴージャスな髪型も、彼女だと全然やりすぎ感がない。
「ね、あたしんち、全然使ってないコスメがいっぱいあるの。持ってこよっか?」
「うそ、いいの? ほしいほしい」
「ちょっとすみません」
突然男性の声がして、わたしたちは同時に振り返った。最初に目に飛びこんできたのは、彼の着ているTシャツの原色の緑色だった。
ひょろりと背の高い、真面目そうな男子。何かの授業で見たことがある。たしか文化人類学だ。
「笠原さん」
男の人にしてはやや高めの、少し鼻にかかったような声が親友の名を呼んだ。
「え、はい」
「今いいですか」
あ、既視感。
これは、わたしが邪魔なパターンだ。緑Tシャツの男子は、今にも口から熱情をこぼしてしまいそうな顔をしている。
パストラミサンドイッチの残りを口に押しこみ、急いで咀嚼する。トレイを持ち、戸惑う夏月を残して席を離れながら、これはタカハシさんに報告すべき案件だろうかと考えた。
最初のコメントを投稿しよう!