太陽と月のあいだで

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 大学ってさ、劇場みたいなにおいがするよね。  自分の斜め前に着席し、スマホをせわしなく女の子の背中に、心の中で語りかける。  幼い頃訪れた、古い劇場。久しぶりの大学はいつもそのイメージをわたしにもたらす。そんなこと誰にも言ったことはない。誰とも共有できないことを、わざわざ口に出す必要はない。  昔から、区切りの日が苦手だ。たとえば後期最初の登校日である今日のような日が。  人がそわそわしながら変化を喜んだり疎んだりしている、その雰囲気に馴染むことができない。空気の中に、自分にだけ見える、あるいは自分にだけ見えない粒子が飛び交っているような落ち着かなさ。自分だけが変化に身をなじませることができないのではないかという不安。  早く早くいつもの日常にかっちりと収まりたい。呼吸のリズムを戻したい。柔らかな平穏に埋没してゆきたい。ただそれだけを願ってしまう。 「やっほー」  やがて、夏月(なつき)がたっぷりとみんなの注目を集めながらやってくる。画用紙にぽとりと落とされた絵の具のような鮮やかさをまとって。  長い髪を揺らし、あくびをしながら、夏月は迷いなくわたしの隣にやってきてすとんと座る。  感謝と安堵とささやかな優越感が胸の中に広がってゆく。わたしはゆっくりと目線を持ち上げた。
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