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自宅最寄駅で電車を降りる。駅ビルから直結しているロータリーから、バスターミナルを見下ろす。東京と言っても都市部の田舎の方だから、遠くに山の稜線が見える。その上空、中途半端な高さに晩夏の太陽が居座っている。
商業ビルのひしめく駅前はそこそこ栄えているものの、そのビルたちの連なりには厚みがない。ぺらぺらに薄い街。おもしろみのない風景。そして、そこになじんだわたし。
もう長いことバスには乗っていないな。父に持たされているタクシー券の存在をリュックの中に思い浮かべながら、ふと思う。
バスの乗り方をもう忘れてしまったんじゃないかな、わたし。そんな考えを振り払うように、早歩きで「タクシーのりば」と書かれたエリアに向かった。
大学と電車、そしてタクシーだけが自分の世界のような気がして、急に怖くなってしまう。同時に、それでいいのだと納得している自分を再認識する。
タクシーが見慣れた住宅街に入る頃、夏月にもらったチョコの包みをそっと鞄から取りだした。爪を立ててセロファンの包装を剥き、ひと粒口に入れてみる。
甘い、と思わず声に出そうになる。
普段はすうすうするミントチョコを好んで食べているせいか、その甘さはやたらと強烈に感じられた。粘つくような糖分がねっとりと口の中に広がってゆく。海外の甘味料の味だ、と思った。
運転手がミラー越しにちらりとこちらを見たような気がした。チョコの甘みを運転手に共有してしまったような錯覚を覚え、わたしは銀の包み紙を手の中で小さく潰す。
──真幌ってお嬢だったんだ。
普段意識の底に沈めているあの声が、また浮上してくる。それを拒みたくて、わたしは包み紙を小さく小さく潰し続けた。
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