転校初日

1/9
前へ
/106ページ
次へ

転校初日

私立の中高一貫の男子校。 男子校と言うだけで牢獄なのに陸の孤島さながら山の中に建てられたその学校に、創設者の精神を疑ったものだ。 この山の中に学校があるなんて思っても通いたいなんて思いもしなかった数週間前の俺に戻りたいな、と一見さんお断りのような風貌のガッツリ封じられた校門の前でそれを見上げる。首を痛めそうだ、実際に痛い。 眼前の牢獄、背後の山道、地獄の状態で俺は1人何故牢獄を見上げてるのかと言えば、だ。 両親の離婚の危機、原因は父さんが不倫したらしいが母さんの勘違いで誰も起こしてない不倫騒動で、離婚すると聞かない母さんと何故か意固地になり離婚に前向きな父さんによる親権争いで肩から腕が千切れかけた俺を心配したじいちゃんが両親の隙をついて俺を全寮制男子校に転校させた、と言うはた迷惑な深い家庭の事情の末だ。 ほとぼりが冷めるまで俺はこんな牢獄にぶちこまれたことになるんだが、まだ4月も下旬、春の陽気な気候に恵まれるかと思ったが何のその、下界ではとても晴れてた天気も学園に着いた頃には曇り今にも雨が降りだしそうで寒い。 そして、何より、開かずの校門の前で小一時間は棒立ちである。 「ええと……? 誰か、迎えに来る、とか、言ってなかったっけな?」 この確認の言葉もかれこれ5回は口にしてるが、返ってくるのは鳥の囀ずりだけだ。 ちなみに帰る、と言う選択肢もあるんだが、実は送迎車が来ると聞いてたのに来なかったので、山道を徒歩で30分かけて登ってきたので降りるにも気力がまだ回復してなかった。 しかし、冷たい鉄格子(校門)の外に居るだけでシャバの空気を吸ってる受刑者の気持ちが味わえるし、あと30分しても誰も此処を通らなかったら降りてじいちゃんの家に行って説得して学校変えてもらおう。それかじいちゃんの手伝いしても良いしな、そう思ったら気力出てきた、降りるか。 「さらば、牢獄……!」 まだ踏み入れてもないが、入れないなら仕方ない、一見さんらしくすごすご帰りますかと地面に放り投げて椅子代わりにしてた鞄を肩にかけ来た道へ体の向きを向けた。 時だった。 「うちの生徒が、どうして外に出てる?」 よく通る低めの声に、思わず足を止めて辺りを見渡す。 「こっちだ」と言う声に導かれるように振り返れば、校門の奥に同じ制服を着た男が。 いや当たり前だ男子校だ、男しか居ない。 「え、っと……ここの、生徒の方、すかね」 「? お前もだろう」 「いや俺はちょっと、まだなってないって言うか、厳密には今日かららしいけどまあ、まだクーリングオフ出来るんじゃないかって感じすかね」 「……転校生か?」 「多分……いや、でも用ないのか小一時間くらい待ってんすけどね、人が居ることに感動したんで満足度高いっす。つうことで人里に帰りますわ、ありがとうございました」 「い、いや待て、少し待て」 じゃあと手を上げて去ろうとする俺に、生徒の男は制しながらポケットからスマホを取り出して操作したあと耳に充てた。 「……俺だ、確認したいことがある。今日……って何で知ってて言わないんだ? 帰ろうとしてるぞ、おま、ふざけるなよ、ああ、わかったもういい喋るな死ね」 かなり物騒な挨拶で電話を終えたらしい男は「そこの転校生、遅くなってすまなかった」と言いながらスマホを仕舞い、今度は別のポケットから何やら鍵を取り出して校門に近付くとカチリ、と音を立てる。 そして2メートルくらいの高さでドアのサイズほどに校門が開き、校門から男が出てきてハッとする。 やや逆光気味で顔がよく見えなかったがこの男、かなりのイケメンだ。 「迎えの車も来なかったらしいな、1人で登ってきたのか?」 イケメンが意外そうに山道をチラッと見てから俺を見るので、「はあ」と気のない返事を返せばイケメンは首を捻った。 「何だ?」 「いや……イケメンっすね。さぞモテるだろうなって、女子が取り合いするレベルのご尊顔すわ」 「……さあ、女子はどうだか? 中学から此処に通っているからな……お前もカッコいいって思うか?」 「え、カッコいいじゃないすか、え、まさか誰からにも言われたことがない?」 こんな誰が見てもイケメンって言うだろ、こんなイケメン見てイケメンに思わないのかここの生徒……牢獄に居すぎて全員美的感覚死んでんのか……? 謎な不安に駆られる俺に、イケメンは「いや、ある」と首を振った。 あるのか、良かったわ、変な心配したじゃないか。 「で、えっと……中に入ってもいいんですか?」 小一時間門前払い受けてたので帰ってやりたいとこだが、折角出てきた人間が居るんだ迎え入れてくれる気はあるんだろ。 俺としては牢獄行きを白紙に出来るチャンスだが、肩から腕が千切れるかもしれないやむを得ない家庭の事情とじいちゃんの思いやりを思い出して仕方なく五体満足ルートを選ぶしかない。 「勿論だ、転校生だと確認も取れたからな。本来なら別の者が案内をするはずだったが、……急遽、事態が変わってしまい待たせる形になった。俺が代わりに案内をしよう」 「え、いいんですか?」 「ああ。忘れていた、俺は高等部3年、生徒会長の才賀凌だ」 生徒会長、イケメンで生徒会長なんてなったらもう内申も良いことだろ。 ん? 才賀……って、何かどっかで聞いたことあるような……? 「あ、どうも……凩雅也です、1年……あれそう言えば、今授業中とかじゃないんすか、大丈夫なんすか?」 「今は二時間ほど自習だ。少し……いや、関係のない話だな。俺はちょうど校門に人影が見えたので来たんだ、風紀委員に見付からなくて良かった」 「風紀委員? 風紀委員って、何か校則がーみたいな委員会っすよね」 「そうだな、そんな感じだ。さあ、入ってくれ、歩きながら簡単に説明しよう」 「どうも……」 招かれるまま校門をくぐり、一歩踏み入れる。 ああ、牢獄の始まりだ。
/106ページ

最初のコメントを投稿しよう!

8417人が本棚に入れています
本棚に追加