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熱烈!勧誘
かなりぐっすり寝たからめちゃくちゃ気分が良い、と起きて準備してると「あー……」と気の抜けた声が上の方から聞こえた。
顔を上げればサイドフレームに上体を預けながらひらひらと手を振ってる陣先輩が起きたようだった。
「おざっす」
「おはようさん……雅也朝早くねえ? じじいかよ」
「先輩も開口一番からディスれるから頭の回転早いっすね」
「はは、褒めるな褒めるな」
機嫌良さげに降りてきた陣先輩にそっすねと適当に頷いてから時間割を確認して鞄に教科書を詰め込むが、体育がある。
「陣先輩ー」
「あん?」
制服に着替えて髪のセットを洗面室でしてる陣先輩を呼び掛ければ、ドアからひょっこり顔を出すので「はい」と手を挙げると「はい雅也、早かった!」と指を差された。
「俺、体操着? ジャージ? 持ってないんすけど、どうしたらいっすかね」
「ジャージ? クローゼットに予備の制服と一緒に入ってたろ?」
「え、そうなんすか? マジでクローゼット空だったんすよ」
「……開けても?」
「俺の服入ってますけど、どうぞ」
促せば先輩はすぐに開けると、「あんた服少ねえな」と驚いた声を上げられ求めてた台詞じゃなかったので「そんなに服いらなくないすか?」とこっちも驚いた声が出る。
「にしてもよ。マジで制服もジャージもねえな、用意されてるはずなんだがね? ちょっと待ってろ」
「あ、何から何まですんません」
「いいってことよ。……もしもし俺、転校生の凩雅也居るだろ?」
スマホを取り出して何処かに電話しだしたけど、少し話してから「わあったよ」と終わったのかスマホを仕舞い、「雅也、今日体育ある系?」と聞いてきたので頷いた。
「……悪いな、今確認取ったら雅也のジャージだけ発注出来てねえんだと。取り寄せるのに最短でも3日だ」
「あ、そうなんすね」
まあ、昨日の放置っぷりから考えれば備品が足りてないこともあるだろうとのんきに頷く俺に、陣先輩はセットしたばかりの頭をがしがし掻きながら「聞き分けいいのは好きだが、あんたはもっと抗議しとけ」と不満そうに抗議してくる。
「抗議してもないものはないし」
「そりゃあな? ……体育、何限目よ」
「えっと、4限目」
「ならほら、先に貸してやる」
袋を押し付けられた。
中を覗けばジャージが。
「先輩のジャージを?」
「持ってねえなら貸すしかねえだろ? 俺は午後イチだから先に持ってけ」
「え、先に借りるのは、汗臭くなるかも知れないじゃないすか。消臭剤持ってないし」
「出来るだけ汗かくな」
「それに俺と先輩じゃ背丈、違うんで」
俺より10センチは余裕で大きい陣先輩のを借りて着てみろ、絶対ぶかぶかだ。
「いーじゃねえの、着たら写真撮ってくれよ」
「何で」
「見て笑う」
「陣先輩、もっと面白いこと探した方がいいんじゃないすか?」
「今は雅也が一番面白えだろ、自信とほらジャージ持て」
結局借りることになり、「終わったら教室まで渡しに来てくれるだけでいーから、3年2組な」とぽんぽんと頭を撫でられ、陣先輩は洗面室に戻った。
「あ、凩、おはよー」
「三浦。おざっす、昨日は寝てて悪いな」
食堂に行くの面倒だったので陣先輩にコンビニに連れてきて貰い、朝飯にパンを物色してると欠伸をしながら三浦と遭遇する。
「いいって」と隣でパンを物色する三浦が「そういやさ」と声を上げながらこっちに顔を向けると目を見開いて固まるのでどうしたんだと首を傾げるとガサッと音が背後から聞こえ、振り返れば陣先輩が会計をもう終えたようだ。
「昨日の友だちくんか、んじゃ俺は先に行くわ」
「おけっす」
出てく陣先輩に手を振ってると三浦が「こ、凩……」と微妙な顔で俺の腕を掴んできた。
「なんすか」
「えっと……今の、同室者、なんだ……?」
「ああ、そう。同室者の小林陣先輩、3年らしいよ」
「いや知ってる。じゃなくて、まさかそれしか知らないのかよ」
「それしか? 面倒見いい人だよなあ、めちゃくちゃお世話になってます」
「め、面倒見いいのか、あの人……ま、いっか。凩が気にしてないし」
諦めたような物言いに何か悪いな、と謝ってから適当にパンを手にとって会計を済ませコンビニから出る。
チョココロネを食べながら学校へと歩くと同じように焼きそばパンを食べる三浦が「そういやさ」とまた同じ出だしで声をかけてきた。
「隣のクラスの転校生、昨日だけでめちゃくちゃ話題になってるらしいぜ」
「話題性あっていいじゃん、特に楽しみないらしいしこの学校」
「楽しくはないだろ」
「楽しくないのに話題になってるなんて、みんな暇だな」
「それはそう」
俺なんて特に話題にもならないどころかジャージすら忘れられてるしなあ、と思いつつ角を曲がったところで何かとぶつかる。
「わ、っとと……」
「おっと……大丈夫か?」
どうやら人とぶつかったらしい、両肩を捕まれたので顔を上げれば記憶に新しいイケメンが眼前に。
「あ、才賀先輩」
「凩……怪我はないか?」
「うす、ぶつかってすんません」
頭を下げ一歩下がれば、才賀先輩は「俺も前方不注意だった」と謝ってきたので相変わらず根が良い人だな。
そこでふと、昨日会った時より断然やつれてるような印象を受け、思わず顔を覗き込もうとすると後ろから肩を掴まれた。
「凩、遅刻するぞー」
「え、マジ? 始業間近?」
「マジマジ、ほら行こうぜ。じゃ、会長さんおはようございましたー」
「ちょ、押すなよ三浦……あ、先輩、おはようした」
「え、あ、ああ……おはよう……」
挨拶するタイミング微妙だったな、と思いつつ、ぐいぐい押されながら才賀先輩が見えなくなった辺りで後ろからため息を吐かれる。
「はあ……こーがーらーしー、生徒会には近付くなって言ったろ」
「え、偶然だろ今のは。ぶつかっちゃったし」
「あれ以上は絡むな絡むな、特に会長は親衛隊……とにかく、ファンがヤバいから下手に話すとヤバいんだよ」
よくわからないがとにかくヤバいことだけはわかった。
才賀先輩はあんなに話しやすいのに話しちゃいけないなんて、やっぱり牢獄ローカルルールはわかりにくいな。
「と言っても生徒会とかよくわからないんだよなあ」
「顔良い奴」
「なるほど。ん、でも陣先輩は? 生徒会?」
「や、あの人は違うけど……」
「違うならいいか」
同室なのに近付くなって方が無理がある、よかったよかったと教室に向かう俺に三浦は「同じくらい危険なんだけどなあ」とぼやいてた。
危険とは。
体育の時間になり、今日は体育館で球技らしいと聞き、クラスの奴らに体育館まで案内して貰い更衣室に入り適当なロッカーを開けながら思う。
「別に男しか居ないのにわざわざ更衣室来て着替えなくても教室で着替えれば良くね?」
と言う俺の言葉に、隣のロッカーで脱いだ制服を突っ込んでた原口が「それはそうなんだけど……」と言いにくそうな顔をした。
「何か理由あんの? あ、貴重品問題か?」
「そ、そう言うことにしとこうぜ! それより凩のジャージでかくねーの? 発注ミス?」
原口は俺がジャージの袖を折ってるのを見て首を傾げると、着替え終わった森も「確かにぶかぶかだね」と見てくるのでカメラ起動させたスマホを渡す。
「……同室の先輩のでさ、着たら写真撮って来いって言われたから……撮ってくれる?」
「良いけど……凩くんのジャージは?」
「それこそ発注ミスで来てないんだと、放置がここにも影響しててもう笑うわ」
パシャ、と撮して貰い、返して貰ったスマホをロッカーに突っ込んで閉めれば「凩くん」と森が真剣な顔をしてる。どうした。
「あとで今の写真……僕も貰っていい?」
「え、何で。いる?」
「いる!」
「え、じゃあオレも欲しい!」
原口も便乗してきた、ノリで俺の写真欲しいってどういうことだ、まあ減るもんじゃないしと頷けば「おーい、早く行こうぜー?」と待ってたらしい三浦が入口から顔を出した。
更衣室から出て三浦の隣に行けば、「凩、成長期まだあんの?」と俺のジャージの裾を摘まむので「これから伸びるんだよ」と借り物と言うのも疲れ適当にあしらう。
「今日は隣のクラスと、合同授業なんだって」
「隣?」
「人間メガホン居るとこ」
「人間メガホンって誰……転校生のあだ名か、ヤバいな」
「ほっとくと色んなあだ名付くんだよ、あの転校生」
クラスの奴らの嫌そうな会話を聞きつつ、授業はバスケだったので「バスケはやり方わからないんだよなあ」とぼやくと三浦が「仕方ないな」と腕を捲る。
「このバスケ部のおれが、直々に新入部員に手解きしてやろうじゃないの」
「めっちゃ勧誘してくる」
「え? バスケ部入るんだよな?」
「1度もイエスって答えてないっすね」
と端の方でパス練をしてると中央で大きい声が聞こえて振り向こうとすると「メガホンだから」と三浦が気にするなと言いたげにパスを強めに渡してきた。
「それより腹減ったよなー、凩、今日はどーする?」
「あ、俺ちょっと行くとこあるから適当に何か食うよ」
「行くとこ? 行けるか? ついてってやろうか?」
「ん、多分行けるでしょ、大丈夫。飯食ってて」
陣先輩にジャージ返しに3年の教室まで行くのに、1年が何人もぞろぞろ行くことでもないなと断れば、何やら腑に落ちなさそうな顔で「……わかった」と返される。
転校生だから心配してくれてるだろうけど、俺あんまり迷子になるタイプじゃないし、教室だから迷うことも無さそうだし。
などと思ってれば何事もなく体育は終わったのだった。
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