8444人が本棚に入れています
本棚に追加
さっさと着替えてクラスの奴らと別れて階段を登ること4階、ジャージの袋を持ってプレートを見上げてれば目当ての教室に着いた。
戸が開いてるので覗き込めば人がまばらである。
「あれ……君は1年生かい?」
「うわ、美形!」
肩まで伸ばした髪がサラッと靡くような、造形が同じ日本男児と思えない目鼻立ちが整った美形に声を掛けられビビってしまえば、美形はニコッとまるで薔薇でも散らすように微笑んできた。
「ふふ、正直な子は好きだよ。迷える子羊ちゃん、何かご用かな?」
「迷える子羊……? あ、俺のことすか、そ、そっか、ど、独特っすね……えっとその、陣……小林先輩は居ますか?」
「小林? 居るよ、でも小林に何の用なんだい? 何か困ったことがあるなら僕に話してくれて良いんだよ?」
困ったことなら今はこの会話かな、と思いつつ、持ってる袋を持ち上げる。
「先輩にジャージ借りてて返しに来たんすよ」
「あの小林が誰かに物を貸す!?」
「俺だって人に物くらい貸すつうの、退け」
「あ、先輩」
陣先輩が美形を押し退け、「よお」と笑みを浮かべて持ってた袋を受け取ってくれた。
「早かったな、1人で来たのか」
「貸してくれてどうもです」
「おう。で? 写真は?」
「撮ったけど、マジでいるんすか?」
「いるに決まってんだろ」
決まってるのか、じゃああとで送りますと言ってる横で美形が俺をじっと見てて居心地が最悪なので早くこの場を去りたい。
それに気付いたのか陣先輩が嫌そうに俺の肩を掴み、隠すように背中の方に引っ張られた。
「先輩、あの」
「あんた、エンジェルは間に合ってんだろ」
「ふふ、珍しいタイプの子じゃないか。味見くらい良いだろう?」
「味見すんならあの転校生にしとけ、気になってんだろ?」
「転校生くんか、それもそうだね」
何の話してるのかわからない、きっとまたローカルルール的なやつだな。
しっしっと手を払う陣先輩に、やれやれとおどけたように肩を上げてから美形はいつの間に来たのか数人の小柄の男を引き連れて教室を出ていった。
「何か……個性的な人っすね」
「だろ? あれで割りと根は真面目……じゃねえがまあ、言うことは聞くからマシな奴だが、あんたはアレに近付かねえ方が良いぜ」
「接触禁止の人物多くねえっすか、この学校」
そんな危険人物ばかり蔓延ってるのかとビビってれば、陣先輩は緩く笑みを浮かべる。
「雅也、飯どうすんだ?」
「食堂行くのダルいんで購買だったっけ、そっち行って教室で食います」
それじゃ、と頭を下げ別れ、さっさと教室から出て階段を下りて1階に着く。
購買は1階だったかな、そう言えば知らないなと学食のある方向とは逆に歩けば前からパンを抱えて話し合ってる生徒たちを見掛けるので、どうやら正解のようだ。
少し歩くと一角にパンやおにぎり、弁当を広げてる成人男性が。
「すんませーん、購買であってますか?」
「ん、ああそうだよ、1年生か? みんな学食行く子が多いからわからないよなー」
「はは、そなんすね。あ、支払いって」
「ああ、学食と一緒」
なるほど、また諸経費が支払い済みのやつだなじいちゃん!
本日オススメの鮭弁当を貰い、男性と別れて教室に戻るかと階段に向かえば、階段から降りてきた生徒を見て「あ」と声を上げてしまえば向こうも「あ」と声を上げる。
「猛くんだ」
「マサ坊ー!」
少し色の抜けた茶色の髪に眼鏡の男はすぐに俺の元に駆け寄ってきて辺りを見渡してから、「お久しぶりです」とニヘッと笑った。
「挨拶が遅れて申し訳ありません、マサ坊。大きく……は、そんななってねえッスねー」
「会ったの去年の大晦日じゃん、そんな変わんないよ。猛くんも大して変わんないし」
眼鏡の男、もとい本間さんの息子の猛くんは「思春期の1クールを侮っちゃダメッスよ」とヘラヘラ笑いながら「天気いーんで外で食いません?」と俺の持ってる弁当を指差して、自分の持ってるビニール袋を持ち上げる。
頷いて一緒に靴を履き替え外に出、校庭のベンチに着き一緒に座った。
「猛くん、男子校通ってたなんて知らなかったよ」
「親父にぶちこまれたんスよー、勉強に集中出来るようにって! ここ全寮制だし、お陰でマサ坊に会える機会減ったでしょ?」
「確かに、最近見ないなって思った」
猛くんは俺の1個上で、一人っ子の俺をよく構ってくれたお兄ちゃん的存在だ。
本間さんがじいちゃんの元に居る間はよく遊んでくれたり何かと面倒を見てくれた、幼馴染みと言うのかなんと言うか、俺のことを「マサ坊」と呼ぶのは後にも先にも猛くんだけで良いかなって感じだ。
「でもまあ、猛くんが居るってわかって、割りと早く会えて良かった。俺もじいちゃんに放り込まれたからさ、山の中の全寮制男子校なんて嫌だったけど知り合い居るならまだ、まあ、我慢出来る……」
「はは、我慢なんスか、マサ坊らしいッスわ。でも設備的には良いんでマサ坊の安全は……外部からは守られますんでね」
「設備良いよな、ここ。じいちゃん、どんだけ金使っちゃったんだろ……」
それだけが心配だな、と溢しながら弁当をつつくと「オレは色々心配ッスけどね」と猛くんはおにぎりの包装を破る。
「心配? 何が?」
「マサ坊のことが、ッスよ。大丈夫ッスか? 変な男に尻とか触られてません?」
「いやないけど、尻触られてる前提なの怖すぎどういうこと」
「そう言う前提なんスよ、マサ坊。いっすか? ぼけっとしてると尻は触られるし、股間は触られるとこなんスよ、ここは!」
「え、ヤバ……猛くん、されたことある?」
「オレはぼけっとしてないし、顔が普通なんで。マサ坊レベルの顔でのほほんとしてたら、百発百中尻も股間もまさぐられるんスわ!」
「どういう……尻と股間触るとか、セクハラじゃん。そんなセクハラが横行してんのか、ここ」
男の尻と股間触って何が楽しいんだよ、とドン引きしてると、「そう言うとこッスよ、ここ」とおにぎりを咥える猛くんの目がマジだった。
距離バグってる上にセクハラも日常茶飯事なんて、牢獄の上に地獄過ぎて鳥肌が立つ。
焼き鮭を口に運べば美味しいので鳥肌は治まった。
「そいや昨日からマサ坊のスマホに連絡してるんスけど圏外になってません?」
「ああ、ここに来る時にじいちゃんと本間さんがスマホ変えろって言ってて、父さんと母さんに連絡させないようにって新品のスマホなんだよ。お陰でほとんど連絡先なくてさ」
「相変わらず徹底してんなあ。じゃあ今の連絡先、教えてくれません?」
「うんいいよ」
猛くんがスマホを取り出すので連絡先を送ってると、猛くんの体から音が鳴る。
持ってるスマホからではなく、猛くんからだ。
「猛くん、何か鳴ってね?」
「あー、その他用のスマホが鳴ってるんスよ。ちょっと部活動って言うか? マサ坊にはもちろん特別にプライベートの方教えるんで、こっちは24時間反応出来るんでいつでも連絡してね」
「うん、で、そっち鳴ってるけど」
「部活の時間外なんで無視無視、あ、うるさいッスか? 電源切るッスわ」
とポケットから別のスマホを取り出して鳴りまくるのを電源を長押ししてから戻すので、「部活動?」と首を傾げてしまう。
猛くんは笑みを浮かべておにぎりを放り込んでからお茶を取り出して一口飲んでから「そ、部活動ッス」と笑った。
「オレ、情報部の部長なんでね」
「情報部って?」
「んーと、放送委員会と新聞部が混ざった感じの部ッスね。去年まで居た先輩方全員卒業しちゃって部員今オレだけッスけど」
「何かすごそうな部活って感じだ」
放送委員会と新聞部なんて、何かこう、学校の情報を持ってますって感じする、ああだから情報部なのか、なるほど。
「マサ坊は、何か部活やんないんスか? ほら、バレーとか」
「バレー部は興味あるけど、俺今ジャージなくてさ。すぐに運動部入れないし、あと何かクラスの奴にやたらバスケ誘われる」
「バスケと、あとサッカーはやめた方がいっすね、ホモに狙われやすいんで」
「どういうことだよ」
「華があるんじゃないッスかね。マサ坊が男にキャーキャー言われてるの想像したら胸糞悪いッスわ」
「勝手に想像して気分害されても……じゃあ、バスケとサッカーはやめよう」
ホモに狙われるのは嫌かなと三浦と一応原口にもすまんと心の中で謝り弁当を食べ終われば、隣から手が伸びてきて口元をサッと触れると「米粒ついてます」って笑って食べられる。
「指摘だけでいいじゃん、取って食べなくても」
「ああ、癖で。マサ坊ちっちゃい時よくつけてたでしょ、大きくなってもマサ坊はマサ坊ッスね」
「たまたまなんすけど」
子供扱いされてるのが居心地悪く思ってると、猛くんは俺の空の弁当を持ってビニール袋に突っ込むと立ち上がった。
「もうすぐ昼終わりますよ、マサ坊」と言われ、そうなのかと立ち上がれば確かに予鈴が鳴る。
急がないと遅れるなと思いつつ、校舎へと向かう猛くんの背中を見て手ぶらになった自分の手を見た。
すげーナチュラルに世話を焼かれてる、だから子供扱いされるのか気を付けよう。
最初のコメントを投稿しよう!