熱烈!勧誘

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夕飯は三浦たちと食べて、部屋に戻ってローテーブルに肘をつきながらスマホでゲームをしてると、ガチャリとドアの開閉音が聞え顔を上げれば頭をがしがしと掻きながら「あー……」と心底疲れたように呻き声を上げる陣先輩のご帰還だ。 「おかえりなさい」 「あ? あー、雅也……そうだった、ただいま……」 のろのろとした足取りで俺の隣に来てどかりと座るとローテーブルに突っ伏して「あー」と唸るのでお疲れのようだとゲームを中断して「飯、食いました?」とだけ聞けば「食った」と返ってきた。 「何か、すげー疲れてません?」 「すげー疲れた……雅也の平和そーな顔見てたらこう、これか……ペットを飼う人間の気持ち……」 「ペットって。愛嬌とか振り撒いた方がいい?」 「出来んのかよ、やってみろよ」 「自分でハードル上げて速攻後悔した……」 「やってみろ、査定してやる」 バシバシとテーブルを叩き顔だけこっちを向いて急かしてくる陣先輩に、愛嬌ったってなあと悩みつつ、両手をスッと肩くらいまで上げ握りこぶしを作る。 「わ……わんわん……」 「……そこは、にゃんにゃん、じゃねえのか」 「いや思ったんすけど、男のにゃんにゃんとかキモくない? 疲れてるのにそんなもの見たらゲロいくでしょ」 「おう、吐く自信ある」 「もっとこう、親衛隊だったっけ、それクラスの顔なら愛嬌振り撒けたのにすんません、俺で」 「あ? 親衛隊がどうしたって? 絡まれたのか?」 そこで先輩はすくっと上体を起こして眉間を険しくするので、絡まれたつうか話したくらいと軽く説明すれば「何ともねえならいいんだが」とため息を吐きながら伸びをし、「風呂でも行くかあ」と声を上げた。 「大浴場、雅也行きてえだろ? 一緒に行くか?」 「え、いんすか?」 「おう……普段は行かねえんだが、まあ……友だちくんと約束してんならそっち優先してもいいぜ?」 「や、特にはしてないな……先輩あんま行きたくないなら1人で行ってきますけど」 「1人ではやめろ……んー俺も行くわ。風呂浸かれば疲れ取れるとか言うだろ」 「ああ、先輩めちゃくちゃ疲れてますもんね。じゃあええと、何か持ってった方がいい? タオルとか?」 「こだわりなきゃ着替えとカードキーくらいでいいぜ、大体向こうにあるから」 相変わらず設備ヤバいな、じゃあ着替えとカードキーでいっかと適当に持って陣先輩と一緒に部屋を出る。 「大浴場ってどんな感じすか? 銭湯みたいな感じ?」 「どっちかってえと、小綺麗な温泉に近いんじゃねえかな。2年くらい行ってねえから久しぶりだわ」 「先輩、シャワー派なんすね」 「ここではな」 「へー」 何て話しながら階段を下り、1階まで行くと食堂を越えて更に奥に進めば何人かの生徒が擦れ違い際に「え?」とざわつきながら先輩を振り返った。 「小林委員長が、大浴場に向かってる!?」 「今から大浴場に行くのかな!?」 「わー、もう上がっちゃった!」 などと盛り上がってる後ろに陣先輩が「あー」と頭をがしがしと掻くので、「風呂入りに行くだけで盛り上がれるなんてすごいすね」と適当に言うと先輩は頭を掻く手を止めて俺をまじまじと見てから納得したように頷く。 「全くだな」 はは、と嬉しそうに笑い、肩をぽんぽんと叩かれて「もう着くぜ」と顎で指すので見れば『湯』と書かれた暖簾が揺れてる。 温泉感がグッと出てきて、「温泉かあ……!」とちょっとテンションが上がりながら暖簾をくぐれば、先客が俺、の隣を見てざわついた。 「え、小林委員長……!?」 みんなツチノコ見た!みたいなリアクション取るな、そんな陣先輩ってレアな存在なのかなと俺も同じように視線を向ければ「あ?」とやや機嫌悪そうに見下ろされる。長身イケメンにやられれば迫力がダンチだ。 「いや、先輩ってツチノコか何かなんすか?」 「……ツチノコ? あの、何か蛇が酒瓶飲んだみてえなやつ?」 「そんなの。見付けたらラッキーみたいなやつじゃなかった?」 「は? あー、そう言う? 確かにさっきからツチノコリアクション食らってんなあ、つかツチノコってなんだよ、例えんならもっとカッコいいのにしろ」 「カッコいい珍獣……? センザンコウ、とか?」 「センザンコウって何かカッコいいな」 お気に召されたようなのでアリクイみたいなやつっすよとは言えずに適当にそっすねと頷いて、近くの鍵つきロッカーに近付く。 さっさと脱いで風呂入ろうと気持ちが温泉に行ってると、隣のロッカーを開けた陣先輩が「雅也、結構鍛えてんな」と横目で見ながらシャツを脱ぐが俺より鍛えてる人間に言われてもな、と悲しくなる。 マッチョではないにしても、羨ましい筋肉だ、顔が良ければ体もしっかりしてるとかこの人に死角はないのか。 「何かやってんすか?」 「ん? 昔空手やってた名残で筋トレしてるくらいか? 今部活やる暇ねえけどたまに空手部冷やかしに行くわ」 「冷やかされたら堪ったもんじゃなさそう……なるほど、格闘技やると筋肉つくのか」 「雅也が空手部入んなら、冷やかしに行く頻度増やすか」 「空手部はやめとこ」 「おい」 殴ったりするのとか苦手だし、と脱いだ服突っ込んで中に入ってたタオルとかを持ってさっさと中に入れば、人がまばらなのもあるけどかなりでかい。 めっちゃ温泉じゃん、と飯以外で初めてテンションが上がりながら洗い場に向かえばぽつぽつとしか空いてない。浴槽じゃなくて洗い場に人が集中してたのかと2つ空いてるとこの右の方に座れば右隣でシャワーで髪を洗ってた人が「ん!?」と奇声を上げた。 ものすごい勢いでキュッとシャワーを止めて、びちょびちょに濡れた前髪を両手でかき上げた隣人は「そ、その顔は!?」とめちゃくちゃ俺を凝視してくる何怖すぎ。 「え、待って待って、え!?」 「え、なんすか……めっちゃ怖……」 「どうした、雅也」 陣先輩が俺の隣に腰を下ろしてきたので、「知らない人に凝視されるんすよ」と小声で説明すると右隣の人物は「ま、雅也!?」とまた奇声を上げた。 「も! もしかして、え!? ……凩、凩雅也!?」 「え、何で俺の名前知ってんすか、怖……」 「ん、あんた2年の……」 陣先輩が隣人の正体に気付いたのか名前を言おうとする前に、隣人は俺の右手をガシッと両手で握ってくる。 「り、陸川中で、リベロやってた凩雅也だよな!?」 「え、そうすけど、なんすか……」 「ファッ、ファッ、」 「マジ怖」 「さすがに怖いな、どうしたよ」 「ファンです……! バレー部に入ってください!」 立ち上がってぎゅうっと握られ頭を下げられたが、俺の眼前には手の向こう側にファンと名乗る奇声を上げてる男の股間が丸出し。 視界に入るブツに気分がめちゃくちゃ下がりながら、「あ、バレー部の、人なんすか……」と手を引こうとするががっちり掴まれてて外れない。 「そう、バレー部2年のセッター、金井茂樹です!」 「そ、そなんすか……」 見たくないものから目を逸らして手を引いても抜けない。 互いに全裸で男に手を握られながら股間を見せられる、地獄かよ。 ん、金井? 「1個上の金井さんって聞いたことあるかも、中学の時うちの先輩がライバル視してた、めっちゃ上手いセッターかな」 「!? こ、凩が、おれのこと、し、ししし、知って……!?」 「いや名前ぐらいしか、あの、とりあえず座って」 「感激しました、バレー部入ってください!」 言葉のキャッチボール出来ないな、どうしよう。 「、っくし……」 風呂入りに来たのに湯を浴びることなく全裸で手を捕まれてるせいで体が冷えてきて思わず軽くくしゃみが出てしまうと、「今の、くしゃみ!?」と前の男のテンションが上がったが少し黙ってくれ。 「あの……とりあえず、寒いんで、手離してくれません」 「え!?」 「風呂、入りたいんすよ……俺ら、今全裸じゃないすか」 「! ほ、ほんとだ!」 「ご、ごめん!」とものすごい勢いで手が離れ、「見てない! 見てないから!」と顔を手で隠すんだけど、顔より先に隠すものがあるんじゃないかと思いつつ握られてた手をぷらぷら振ってから「何なんだ」とげんなりする俺の横で陣先輩が同情の視線を向けてた。 「あんな粗末なもん見せられて可哀想に……」 「そ、粗末だって!? ってうわ、小林委員長だ!?」 今、陣先輩に気付いたらしく、「小林委員長って大浴場来ることあんだ」って本気でビビってる隣でさっさと体と頭洗って浴槽に入ろう、マジで寒い。 自分の中で最速に体と頭を洗って逃げるように浴槽に入ると、程よいあったかさで一気に落ち着く。 「はあ、温泉……嫌なもの見たことも忘れられる」 「ん? あ!? え、凩雅也!?」 近くに居た筋肉質の、如何にもスポーツやってそうな男が俺を見てバシャッと音を立てて立ち上がり、ザバザバと音を立てながら近付いてきて「凩雅也だ!」と驚いた声を上げるが、俺もこの短時間で眼前に男の股間丸出しされるとは思わなくて目を逸らしながら、「な、何なんすか……」と離れようとするが後ろから「え、凩ってあのリベロの!?」と別の声が聞こえた。 「うわ、ほんとだ、リベロの凩だ! 何でここに!?」 爽やかそうなイケメンが驚いた顔で立ち上がりながら近寄ってきて、「そうだよ、凩なんだよ!」と洗い場で隣だった金井とか言う人も前方からやって来てしまい、俺は浴槽の隅に逃げながら「マジで……」と俯くが3人は「凩だ!」とわらわら囲ってくる、眼前に丸出しの股間が3ヶ所もあって最早地獄でしかない。 前方の股間、背後には壁、新種のセクハラだ。 「俺たち、ここのバレー部、あ、俺は部長をやってるんだが、まさか凩が入学してたなんてな! どうした、バレー部入らないのか?」 「僕ら、君のこと結構中学の時から見てたんだよ、上手いリベロ居るぞって。去年あんまり見かけなかったからバレーやめたのかと思った」 「バレー部入ってください!」 「あ、あの……」 俺は俯きながら手を上げた。 「とりあえず、座ってくれません……お兄さんたちのその、息子さんたちが俺の顔と距離が近すぎて……」 「あっ」 ザバッと音を立てて3人は一斉に座ってくれたお陰で、近くに来てた陣先輩に憐れみの視線を向けられてるのに気付く。 助けてくださいと手を上げれば、やれやれと言った様子でこっちにやって来た。 「おう、バレー部。いたいけな1年にセクハラしてるんだって?」 「わ、小林!? どうして大浴場に!?」 しっしっと手を払うと3人は場所を開けるので陣先輩はそのまま俺の隣にやって来て、「よしよし、変なもん見せられて可哀想に」と頭を撫でてくる。 「自慢出来るもんでもねえのに、露出すんなよ」 「な、何だって! 小林は顔はよくてもさすがにブツの大きさは俺には勝てないだろ!」 と部長と名乗った人が立ち上がろうとするので、隣の2人が「やめてください、部長!」「もしそれで負けたら男として完敗になるだろ!」と止めるのを見て、元気だなとげっそりしてる俺に「あいつのデカかった?」と陣先輩が聞いてきた。 「え? や、多分そんな……」 「こ、凩……! 嘘だろ、小林よりはあるよな!?」 「え、や、そんな人のまじまじと見る機会ないんで……見せられたのも今が初めてなんで」 普通そんな見るもんでもないだろ、見て何が楽しいんだとどっと疲れる俺の隣で陣先輩が湯の中で手を掴んでくる。 「え、なんすか陣先ぱ、」 「どうよ」 と掴まれた手が湯の中で何かを握らされてしまい、俺の体は完全に固まった。 こ、このー……手の平が触れてるのは、もしや? 「……」 「ど、どうしたんだ、凩……」 目の前の3人は何が起きてるのかわからないだろうけど、今、大変なことが起きてる。 生まれて初めて他人の性器を握ると言う経験に、ドッと冷や汗が出てきた。しかも待って、自分のサイズを覚えてる俺の手が、これはデカいと感じ取ってる。 陣先輩にだけ聞こえるように小声で「ご、ご立派で……」と呟けば、「だろ?」と満足げに手を離してもらったはいいが、俺の手は刺激が強すぎて震えてた。 「だ、大丈夫か、凩……さっきその、可愛いくしゃみしてたし、具合悪いんじゃないか?」 「粗末なもんたくさん見せられて気分も悪くなるだろ、なあ雅也?」 「そっすね……」 「お、おれたちのそんなに粗末なのか凩!」 いや、もうセクハラに疲れたんだよ。 深く息を吸ってから吐き、落ち着いてからバレー部3人を見る。 「あの、バレー部入るのはいいんすけど、俺今ジャージないんで部活入りたくなくて」 「ジャージない? ぬ、盗まれたのか!?」 どうして盗まれた前提なんだ、おかしいだろ。 「とりあえず届くのが3日後とからしいんで、そのあと見学しに行ってもいっすか?」 「なくても見学ならいつでもしていいのに!」 「そうだよ、僕のジャージ貸すし」 「あ、ずるい! おれのジャージ貸し、おれのジャージ着る凩……!?」 さっきから1人だけテンションおかしいんだよな、と思いつつ、ジャージ来たら見学行きますと断った。 と言うかこんなに騒いでて他の生徒に迷惑じゃないのかと辺りを見渡せば、気付けば俺ら以外居ない。 俺の視線に気付いたのか、金井とか言うテンションがおかしい人が「ああ」と頷いて陣先輩を見る。 「他の奴らは、小林委員長の全裸が刺激強すぎて出てった。前屈みで」 「おー、全員今日のオカズは俺で決まりだな」 「お、おれは、凩をオカズにするんで! あ、や、違う、違うから凩! そう言う意味じゃないから、小林委員長をオカズにしないってことを言いたかっただけだからそんな目でおれを……凩雅也がおれを見てる!?」 「……この人、いつもこうなんすか?」 「ごめんな、凩。金井はちょっとド級の行きすぎた凩雅也のファンで本人見て冷静じゃないけど、いつもは冷静なセッターなんだ」 冷静な姿を一度も見てないので疑わしい事実に、そなんすねと適当に頷けば、視線が減ってご機嫌な陣先輩が隣でリラックスしながら温泉を楽しみだした。 疲れが癒されて何よりっすね、と代わりに俺がめちゃくちゃ疲れた訳だ。
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