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校門に放置されていた凩と別れた、までは良かった。
生徒会室の宛がわれた机にてパソコンで送られてきたデータを処理しながら、そう思う。
「なあ、お前、生徒会長なんだって!? 生徒会長なのにどうしてずっとこんなとこで仕事してるんだよ、お前も同じ学校の生徒なんだから青春とか送った方がいいと思うぞ!」
目の前で突然入ってきた生徒が喚き散らすの聞きながらエンターを押し、風紀委員会から送られてきた苦情のまとめに対しての生徒会の返答を送信し終えたところで、隣の席で書類を持っては置き進まない神崎に目を向けた。
「神崎、今日期限の書類はどうした? まだ回ってきてないが?」
「え!? あ、あーその、今、今やるよー」
「1時間以内で頼む」
「おれのこと無視するなってなあ、順平だって仕事嫌々押し付けられてるって言ってたぞ、お前もそうなんだろ!?」
「あ、マコちゃん、マコちゃんしー!」
嫌々押し付けられてる、と言う言葉にため息を溢し、椅子を引いて先程から騒いでいる生徒──もう1人の転校生、諏訪とか言う理事長の甥に視線を向ければ、奴は「あ、……なんだよ」と顔を赤らめる。
「……いつからここは、一般生徒の入室を許可していた?」
「私です。それに真琴はまだ学園に不馴れな転校生な上に理事長の甥、一般生徒の扱いをすべきではないかと」
「……はあ」
松宮が勝手に転校生を連れ込んだせいで、一般生徒、特に松宮の親衛隊が荒れていると言う風紀委員会からの嫌味全開の報告を思い出し、何故それを俺が答えてやらねばならないんだと疲労感が押し寄せた。
「俺は、生徒会長としての義務で仕事をしている。選出理由はどうであれ託されたものはやる、部活や委員会と同じことだ、自分に与えられた役割、すべきことをしている。この様に邪魔が入らなければ滞りなく終え、俺にも自由な時間はある程度確保出来るんだが」
「な、んだよそれ、おれはお前のことを心配して言ってるのに……!」
「何故心配する必要がある?」
「だっておかしいだろ、まだ高校生なのに仕事させられてさ!」
「は? お前は理事長の甥にも関わらず、方針を理解していないのか?」
「叔父さんは関係ないだろ」
「はあ……何なんだこいつは、話にならない。松宮、神崎、お前たちが連れてきたんだろう、俺に近付けてくれるな」
会話がまるで成立しない、この応対の時間でどれだけ進んだと思っていると、視線をパソコンのモニターに戻せば、「真琴、才賀は今機嫌が悪いので」と松宮が宥めているが、機嫌を悪くさせた要因はお前たち全員だからな。
まだ何か喚く転校生を松宮と神崎が生徒会室から連れ出すと、ようやく静かになったところで植田、の弟が近づいてくる。
「珍しいな、兄と居ないのか?」
「うん……あの転校生に夢中みたいで……ボクは付き合いで一緒にちょっと居たけど、疲れちゃって」
「だろうな」
「はは……あの転校生、会長のこと好きになったっぽくない? 色んな美形に近づいてたけど、顔赤くしてたの初めて見たよ、ボク」
「……はあ」
男から恋愛感情を向けられることは少なくない、だから今し方転校生が顔を赤らめたのを見て「またか」とげんなりした。
中等部からの生徒ならまだしも外部、それに編入してきた奴にまでそう言う対象として見られるのはなかなかキツいものがある。
……凩は、そんな目で俺を見なかったのに。
どうしても比べてしまう、同じ転校生だからだろうか、あの転校生が騒ぎを起こす度に凩を思い出す。
誰も凩雅也と言う転校生の話をしない。
いくらあの転校生が目立つからと言えど、ここまで耳にしないものなのか?
会いに行ってみるかと何度か思い立つ度に、あの転校生が現れた。
「凌、一緒に飯食おうぜ!」
「おれは凌と仲良くなりたいんだよ、友だちだろ!」
「凌だって、親衛隊が目障りなんだろ!? だったら、おれが何とかしてやるからさ、おれ心配なんだよお前のことで!」
何を言ってるんだ、全くわからない。
追いかけ回され、生徒会室や教室、更には自室まで押し掛けられる。
これはストーカー被害として風紀委員会に言って……いや、小林に借りを作りたくはない。
借りたくないが、どうしようもない。
次に借りを作りたくない相手に電話を掛けた。
『はい、情報部!』
「おい、何で昼は出なかった……」
『えー、それは昨日会長が死ねって言ってきたのがショックだったんスよーそれにプライベートを謳歌してたので!』
「ああそうか、お前の顔が見たくなってきた」
『顔見た瞬間に殴る声のトーンじゃねえッスか、あーやだやだ、そんなことで電話してきたの? オレ、暇じゃねえッスよ?』
「そうじゃない……悪いが1週間、転校生……諏訪と言う名の方、の居場所が分かれば教えてくれ」
『あ、惚れられたんスかー? このこのイケメン!』
「あとお前が今居る場所も教えろ」
『ん、転校生の1週間の居場所ね、オッケーッス。その代わりいつものよろしくー、じゃまたのご利用お待ちしてます情報部でした!』
先に電話を切られ、すぐにメッセージで転校生の居場所が送られてくる。
この距離だとまた生徒会室に来るつもりだろう。
それを見てタブレットに今日の分の仕事のデータを送り、移動を開始した。
転校生から逃げながら、ふと、今朝会った凩を思い出す。
普通にクラスメートと馴染んでいた姿に安心、と。
「……はあ」
別に勝手に出来た親衛隊と言うものはあるが、それは他の役員に比べれば大人しいと思っている。
だが、あの転校生が俺を追い掛け執拗に話し掛けるようになってからはどうやらそうでもないらしい。
寄せられてくる不満、向けられる劣情、全て男が俺に恋愛感情云々を向けてくること。
何とも馬鹿げている、と逃げ回りながら仕事をしたせいで効率が悪すぎて遅くなった夕飯にと、適当なものを買いコンビニを出た時だった。
「あ、才賀先輩」
大浴場側から来たであろう凩が1人で立っていたので、誰も居ないことを確認して近づく。
「俺、クラスの奴に生徒会と接触禁止って言われてるんすよね」と会話を断ろうとする凩の手首を掴み、近くにあるボイラー室まで連れ込めば怯えるのではなく不思議そうに見上げるので、男への警戒感を持ってないことに毒されていないことに安心しながらも、そんなことではいつか必ず手を出されてしまうのでは、と焦燥感に駆られる。
「あの、先輩。朝見た時、すげー疲れた顔してましたけど、今もっと疲れてません?」
「俺で良ければ、愚痴とか聞きましょうか? よくわかんないからアドバイスは出来ないかもだけど、聞くのは出来るし、話せばスッキリするんじゃない?」
そう何でもないように笑う、学園に毒されていないままの凩がいつまでこのままで居てくれるのか。
毒されて欲しくない。
薄暗さと聞き取りにくさを理由に普段なら絶対しない距離感を詰めれば、落ち着かない様子に目を瞑り顔を背ける姿が、嫌がっているのに隙が多くてそんな顔を他の男に晒してしまえばどうなっているか知ってるのかと背ける顔を向けさせるように顎を捕らえれば、不安そうな視線が向けられた。
その目を見て、思わず喉が上下してしまう。
「才賀先輩、あの、近すぎると思うんで、ちょ、1回離れません?」
「離れたら声が聞こえにくくなるが?」
「声、張ればいいんすよ、ね、1回、マジで」
胸板を押す遠慮のない力に、そんな力程度で男は引かないのだと教えてやりたい。
突き放すほど強く拒まなければ、どうなってしまうかわからないんだろう。
男をそう言う目で見たことがない凩は、男にそう言う目で見られることを知らないのだろう。
どうにか離れようとする凩を抱き寄せ、驚いた顔を浮かべるのを見て、こんな距離でも貞操を脅かされないと思っている、その唇を奪ってしまったらどうなるのか。
「あっれー、ここ鍵かかってんじゃーん」
そんな邪心は、聞き覚えしかない声に遮られ一気に殺がれてしまった。
「背中、平気なんで。大丈夫だからマジで離れて」
「……わかった」
再び胸板を押され離れれば、凩のほっとした表情に、殺がれたはずの邪心はまた膨らみ出す。
俺の知らないところで誰かの毒牙が襲い掛かる、くらいなら。
誰かに奪われる、くらいなら。
離れた距離を詰め、凩の顎を持ち上げそのまま唇を塞ぐ。
想像よりも柔らかいそれから離れれば、凩の気の抜けた、事態を把握できてない顔に邪心が膨らみ続けた。
「ひ、1人で帰る……」
カウントしないと言う唇を再度奪えば、赤い顔をして逃げるように去る凩を見送ってから、閉じられた薄暗い室内でそっと唇を舐める。
残る感触に、今さら自分の脈が速くなってることに気付いてドアに手をつき息をついた。
「……俺は、何てことを」
罪悪感からの言葉じゃない、昂る自分に驚嘆した言葉だった。
散々他の生徒を嫌悪気味に受け止めていた、毒されているのだと、同性に恋愛感情を向けることを。
「俺も、毒されているじゃないか」
嫌がる凩を前にして何を思っていた?
抱き締めキスをしてしまえばどうなるのかと、警戒感を、危機感を覚えて欲しいからなんて言い訳でしかないのか。
恋愛感情を向けられて嫌だと拒んで疲弊までしておいて、無垢な転校生に毒牙を向けられたくないと言う身勝手な理由で。
そう、戒めに考えども、自分がにやけていることに気付いてどうしようもない。
「……俺が学園に毒されていることを気付かせたのは、凩だ」
だったら、仕方ない。
他の生徒にそう言うことをしたいとは微塵も思わないしあの転校生になんてもってのほかだが、凩雅也にならしたいと言う積極的な思考が是非と頷いている。
俺に毒されてしまったらどうなるのか、知りたいと興味がわく。
疲れるだけの学園生活が久々に潤う感覚に、相当強い毒のようだと首を振った。
ああ凩、この毒をお前にも与えたいと思う俺は相当おかしいのか?
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