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「諏訪真琴って1年を、どうにかして欲しい」
溜まり場まで来なさそうな小綺麗で生まれる性別を間違えたような少女のような見た目の奴が、開口一番にそう言う。
出入口に近い奴が「ああ?」と凄むだけで一瞬怯むが、しかし一歩前へと踏み入れた。
「お願い……」
「……お願い、ねえ。タダで頼まれごとを言われる奴だと思われてる? オレたち」
「な、何でもするから」
「何でもだと。おいお前たち、どうしたい?」
そう聞けばすぐに「ヤりたい!」と下卑た笑い声が返ってきて、顔色を真っ白にしながら、しかしオレを見据えるので「いいよ?」と返しながら立ち上がる。
「その、諏訪真琴? だっけ? どうして欲しいんだよ、と言うか誰?」
「え、ミチさん知らねえの? 今チョー有名な1年だよ」
「そうなの? オレ知ーらない。で、その1年、具体的にどうする? さすがに殺すのは無理だけど?」
「……遊んであげて」
「ふうん、やり方はお任せってことだと。いいよ、わかった。その代わり、終わったらお前はこいつたちの相手、してやってくれよ?」
それで交渉成立ってやつだろ、と笑えば、今度こそ顔色を失くした。まるで人形みたいだ。
「それで、その諏訪真琴ってどんな奴? 親衛隊の恨み買ってオレたちのとこまで来るようなレベルってことは、ん、あいつって誰の親衛隊?」
「んー会長んとこじゃねえ?」
「副会長のじゃなかったか?」
「会計だろ?」
「どれだよ」
周りの奴たちから話を聞くと、どうやらイケメンやら美形やらを次々に陥落させ持て囃されてるお姫様のような奴らしい。全然わからないな、どういうことだよ。
「でも、いつも美形とかが傍に張り付いてて連れ出しにくいかも」
「ふうん、じゃあ連れ出した奴がその諏訪真琴をどうしたいか決めるってことにしようか」
「ミチさんもやんの?」
「オレ? 知らないしどうしよっか。顔が良ければ抱いてやってもいいし、好みじゃなきゃ殴ってもいいし、あんまやる気出ないかな。溜まってはいるけどさ、昨日まで停学してて」
ちょうど4月頭に暴力沙汰起こして停学受けてたのにまた停学食らったらさすがに面倒臭いかな、体動かせなくてダルいし。
知ってるならお前たちにとりあえず任せるよ、と投げ出して、適当な相手探すのも面倒だし走ってくるわと上着を放って溜まり場を出た。
家が極道なんてものをやってるのに学校で不良ごっこなんてしてるなんて、面倒で退屈だな。
別段やりたいことはないし、勉強もつまらない。
男しか居ないのに言い寄ってくる奴は居るので適当に抱いて、因縁つけてくる奴は適当に殴ってればいつの間にか得てしまったのは、どうやら不良たちのリーダー的な地位。
お陰で面倒事は頼まれ、下手をすると停学は受ける。面倒この上ない。
体を持て余してるので動かせればそれでいいけど、風紀委員には会う度に冤罪を疑われる。
「はーあ、参ったね、全く……」
と走りながらぼやく。
部活に入ってないけど、走ったり筋トレは趣味だ。
停学で自室謹慎食らってたせいでどうも調子が悪い、といつもより多めに走るかと速度を上げてれば。
向かい側から走り方がキレイな奴が見えて思わず魅入ってしまう。
走るのを慣れてるのかフォームが悪くない、足に負担を掛けずに長距離走れるフォームだ。
陸上部をたまに見るけどあんなキレイな走り方をする奴は見たことがない、正直見習った方がいい。
どんな奴だ、すれ違う時に声でも掛けようか、でもどう声を掛ければいい。
と、近づくと急に俯くので慌てて速度を上げて止めれば、顔を上げたそいつは顔色は特に何ともなかった。
「あ、……大丈夫す」
小さく頷く顔を見るが、顔立ちがそこそこいい。人好きしそうな顔をしてる。
話を聞けばバレー部で寮から走ってきたようで、特に汗もかかずに落ち着いてる様子からそこまで具合が悪くはないようだ。
バレー部か、持久力ありそうだし、走り方もいいから陸上部にでも入ってくれたら見に行きやすいのに。
なかなか面白そうな奴なので退屈しのぎに絡みたいんだけど。
「お前1年なら知ってる? 諏訪真琴って奴」
「諏訪? いや、知らないかも。まだクラスの奴ぐらいしか知らないんで……有名なんすか?」
「おっと、知らない。有名らしいんだよ、どんな奴か聞こうかと思ってたんだけどな」
誰だよ、有名って言った奴、知らない奴いるじゃん。
不思議そうに首を傾げる1年の肩を叩き「無理しないで早く帰って寝ろよー」なんて先輩風を吹かせながら背を向け走れば、1年も反対側へと走ってく。
「いいな、あいつ。フツーの男子高校生って感じで。オレの見た目にビビってたのかも知れないのに」
話せば大丈夫そうとでも思ったのか、警戒心が無さそうに、それでいて媚びる様子もなく自然体に話してくる度胸のある奴なんていたのかこの学校、いいじゃん。
正直、諏訪真琴とかどうでもいいかな、あいつの方が知りたい……ん、名前聞き忘れた。
「ま、同じ学校なら会えるし」
たまには立場も忘れてフツーの高校生楽しむのもいいよな、と気づけば足取りは軽くなったのでまだ走れそう。
暫く走ってから機嫌良く溜まり場に戻れば、見知らぬ生徒がガムテープでぐるぐる巻かれて床に転がってる。
「何これ、もしかして諏訪真琴?」
通行の邪魔だから蹴りそうになった、と跨いで避けソファーに腰を下ろせば貧相な見た目の奴だ。
とても美形とかに守られてるお姫様じゃないことだけはわかるな。
「諏訪の同室の奴」
「何で連れてきた」
「エサに使えねえかなって」
「諏訪真琴ってのと仲良しクンなんだ?」
「トモダチなんだろ、おら」
と1人が肩を踏めば青い顔で首を横に振った。
「違うとよ」
「じゃあ釣れねえじゃん」
「ミチさーん、どーするー?」
「え、知らないけどー? 釣りならキャッチアンドリリースがルールだから返したら? 邪魔だし、お前たち別にタイプでもないだろそれ」
「抱けなくはない」
「ンー、ンー!」
「はは、お前タイプじゃないって!」
めっちゃ嫌がられてると笑えば、「ミチさんは溜まってねえの?」と宛がおうとしてくるので、「オレもさすがに好みあるよ」と手を振ってからスマホを弄る。
「ミチさん面食いだからなあ、諏訪真琴ならイケるんじゃね?」
「顔良いの? あーでもオレ、可愛い系なら食べ飽きたからそれ系統ならいらないよ」
「どうなんだろ、お姫様だから可愛いんじゃね?」
「女顔飽きたな、ちゃんと男顔がいいよ、男抱いてるって思うし」
さっき会った1年とかまさにそうだ、ああいうのなら抱いてみたいかも知れないな。
……まあ、フツーに会話したいから抱かなくてもいいんだけど、イケそうなら食べてみたくはある。
全員食指が動かなかったのか、同室の仲良しクンは返しに行ったらしい。
これでもし仲良しなら報復でここまで来るだろうし、来ないならまあ何とかするだろ。
面白そうだったし久々に親衛隊の頼みに乗ろうかと思ったけど、オレは別にあの親衛隊ヤりたいと思わないから諏訪真琴をどうこう出来なくてもいいかな、と思い始めた。
「バレー部か……今度覗きに行ってみっかな……」
「ん? ミチさん、何か言った?」
「走ったら疲れたって言った」
「あー、また全力で走ったんだ?」
何となく、他の奴には知られたくない。
あんな面白そうな奴、そうそう居ない。
オレだけの楽しみとか、たまには必要だと思うので。
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