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甘い匂いがする紅茶を淹れた双葉先輩に促され、対面にセットされてるソファーに案内してくれたので座ればソファーの間にあるテーブルに紅茶を置いてくれた。
チラッと確認すれば、才賀先輩はパソコンで何やら作業してるようなのでホッとし「どうも」とありがたく口を付ける。美味い。
「あ、でも仕事の邪魔すよね、すぐ飲んで出てくんで」
「大丈夫だ、今日は仕事の邪魔をする奴は来ないからな」
「え?」
「はは……ゆっくりしてていいよ、マサくん」
「ゆっくりって言っても、俺だけ紅茶飲んでるのはさすがに……あ、そうだ、双葉先輩」
「ん?」
「先輩の仕事、手伝いましょうか? あの、全校生徒分の綴じるやつ」
大変そうだし、それくらいなら俺にも出来るだろと提案すると、双葉先輩は「気持ちは嬉しいけど」と不思議そうに俺を見てきた。
「キミ、予定あるんじゃなかったの?」
「あー……ちょっと、待ってください」
意味もなくスマホを取り出し、まるで誰かと連絡してます風に弄ってから「や、なかったすね」とスマホを仕舞って笑う。
元より何もないんだ、ただ逃げ出す為の言い逃れで。
「ないなら、手伝ってくれるのは嬉しいけど……でも、どうしてそんなに優しくしてくれるの?」
「え?」
「キミ、ボクのこと知らなかったし別にボクのこと好きでもないし初対面なのに、何で?」
「? 困ってる人が目の前に居たら、手助けくらいしません?」
「へ?」
「難しいことは出来ないけど、俺にも出来そうなことなら手伝うじゃん。それは知ってる人でも知らない人でも変わらないんじゃないすかね」
困ってる人が居たら手を差し伸べる器量の持ち主になりなさい、なんてじいちゃんからよく言われてるから手伝うくらいはしたいと思うのは変なことなんだろうか?
初対面の人を手伝うな、とかそう言うまたローカルルール的なものでもあるのか、ここ。ありそう。
「もちろん邪魔ならすぐお暇しますけど」と告げれば双葉先輩は目を丸くしてから、そして困った風に笑う。
「……キミ、変わってるって言われない?」
「え、や、全然。所属してるバレー部はよく言われますけど」
「バレー部に入ってるなら変わってても仕方ないかもね、じゃあお手伝いしてくれる?」
「了解す」
部活へのディスは金井さんのせいにして、双葉先輩は座ろうとした机から紙束を数回に分けて運んでくると、テーブルの上はまさに紙のプールみたいになった。
向かいのソファーに座り、ホチキスを渡してくる双葉先輩を見て紙のプールを指差す。
「これ、1人でやろうと思ったんすか?」
「うん……改めて見ると、多いね」
「生徒会って大変なんすね、1人でこんな量こなしてるんでしょ」
「ボクは目に見える雑用だけど仕事量なら断然会長が多いよ、ほとんど全部目に通さなきゃならないから」
「え、ヤバ。才賀先輩ってもしかして毎日働いてんすか? ちゃんと休んでます?」
「ん……ああ、休める時に休んでいるし、滞りなければ大したことはない」
とパソコンの画面を見ながら答える姿に、高校生ながらエリート社会人みたいだなと貧相な感想を抱き滞りなければの言葉にハッとして頭を下げた。
「すんません、話し掛けたら邪魔っすよね」
「いや、気にしなくて良い。むしろ植田の手伝いをしてくれて助かる、生徒会の仕事で一般生徒の手を煩わせてしまって申し訳ない」
「俺も立入禁止なのに居座ってすんません、こんな良い部屋に入れて貰ってお茶までご馳走になったんで、あ双葉先輩、これどう綴じてけばいいやつ?」
どうせ暇だったし時間は有意義に使うべきだ、双葉先輩に組み合わせを聞いてから黙々と作業し始める。
よかった、こう言う単純作業なら無心で出来るし、1人なら気が滅入るだろうけど双葉先輩と一緒にやってるお陰で量が減る感覚が気持ちいい。
「はい、生徒会室」
そこで電話が鳴り、才賀先輩は片手でキーボードを叩きながら机の備え付けの電話の受話器を取って出る、と言う器用なことをした。
「は? ああ、ああ……わかった、今向かうからもう喋るな」
はあ、とため息を溢し受話器を戻し立ち上がって制服を正しながら「植田、少し出る」とドアの方へ歩きながら向かう才賀先輩に「急用?」と双葉先輩は作業の手を止めて首を傾げる。
「ああ、風紀委員室に……松宮が何やら向こうの副委員長と揉めてると、面白げに報告が来た」
「それ絶対風紀委員長から来たでしょ、本当に性格悪いよねあの人……あと副会長は副委員長の人と仲悪いのに何で風紀委員室に行ってるの?」
「……あの転校生の付き添いだとかでらしい。とにかく向かうが……凩」
「うえ?」
急に話し掛けられ気の抜けた返事をしてしまい、才賀先輩は目を丸くしてからフッと笑みを浮かべた。
「……あとで何か買ってくる。嫌いなものはあるか?」
「え、や、お構い無く。これ終わったら帰るんで」
2人でやってるからだろうか、そこそこ進み3分の1くらいまで終わった。
「そうか。終わる前に戻ってこよう」
それだけ言うとパタンと才賀先輩が出てったドアを見てからテーブルに視線を戻すと、双葉先輩が「ねえ、マサくん」と少し前屈みに話しかけてくる。
「マサくん、会長とどういう関係?」
「どういう……?」
「だって会長が話続けたり自分から話しかける子なんてそう居ないよ? 仲良いの?」
「そなんすか、いや別に……優しくしてくれるいい人、いい先輩すけど……」
会った時から優しくしてくれるし、話もしやすい。変に心配され過ぎてキスされたのを省けば、心配りが出来るストレス溜めてそうな死角のないイケメンってイメージ。
「ふうん、そうなんだ……」
双葉先輩はそこで言葉を切って作業に戻るので、俺も再開する。
変な沈黙はなく、紙の擦れる音がする感じのいい静寂に何となく居心地の良さを覚えた。
そこでガチャ、とドアが開いた音が響く。
才賀先輩が戻ってきたのかと顔を上げれば、視界に茶色の髪が一房尻尾のように揺れるのが見えた。
「はー、仕事でもやろー……ん?」
入ってきた長い茶髪を一括りにしたチャラそうなイケメンと目がバッチリ合うのと「わ、神崎先輩……」と物凄く嫌そうな双葉先輩が声を上げるのは一緒だった。
「今日来ないって言ってたのに何で来たの?」
「は、辛辣過ぎでウケるんだけど、オレだって生徒会なんで仕事思い出して来たのー。それよりねえ、この子どーしたの?」
ギ、と音がソファーからする、俺の座るソファーの背もたれに手を置き、間近で顔を覗き込んでくるイケメンに「どうも……」と頭を下げ近いなと離れるように身を引けば「ちょっと」と双葉先輩の不満そうな声が飛ぶ。
「近づかないでよ」
「だって、一般生徒が生徒会室に居るんじゃん、えーと弟クンが連れ込んだの? やるじゃーん、会長にバレたら怒られるよ?」
「会長にちゃんと許可貰ったし、書類運ぶの手伝って貰って今こうして手伝って貰ってるの。邪魔しないで」
「会長が? めっずらしー……ねえ、君さあ、こないだ学食でカレーすごいことになってた相席してくれた子だよね? 地味に会いたかったから嬉しいなー、でも、え? 弟クンの手伝いしてるってことは弟クンの親衛隊なの?」
「え?」
めっちゃマシンガンの勢いで話しかけられてどういうことだと思ってると、双葉先輩が「そうだよ」と綴じた紙をバサッと音を立てながら置いた。
「ボクの、親衛隊の子なの」
「……弟クンの? ツインズのじゃなくて?」
「ボクのだよ、そうだよね、マサくん?」
え、そうなの? と首を傾げれば双葉先輩が口パクで「合わせて」と伝えてきたので、「そっすね」と頷く。
「双葉先輩の親衛隊す、こんにちは」
親衛隊に仕事の手伝いさせるみたいなこと言ってたし、そう言うことならややこしくなくなるのだろうと合わせればイケメンは「ふーん?」と笑みを浮かべた。
「弟クンのどこがいーの? タイプなの? オレのが良くない? オレの親衛隊になりなよー」
「や、その、先輩? のことよく知らないんで、双葉先輩で大丈夫すね」
「え、オレのこと知らないの? マジ? ヤバくない?」
「ヤバいんすか、すんません……才賀先輩と双葉先輩のことしか、生徒会知らないんで」
「あーそう言うことかー、会長と弟クンしか知らないからオレの親衛隊になれなかったんだね? じゃあ特別に教えてあげるね?」
するっと俺の隣に座り、肩に腕を回して抱き寄せられギョッとして「うわ!?」とビビって振り払って立ち上がり双葉先輩の座るソファーの方に逃げれば、俺が今まで座ってたソファーで呆然と俺を見上げるイケメンが「何その反応?」と首を傾げる。
「い、いやいや、普通ビビるでしょ、急に距離詰められて肩まで抱かれたら、そこまで初対面の人とフレンドリーになれないんで俺」
「えーマジー? オレにこうされた子はみんな喜ぶよ?」
「マジかよ、怖すぎ……」
「めっちゃ怖がるじゃん、傷付くんですけどー?」
「怖かったね、マサくん。ここ座って?」
双葉先輩が横にズレて空けてくれた隣に腰を下ろすと、「ボクの親衛隊の子に近付かないでって」とイケメンを睨み付けた。
「す、すんません、ちょっとビビって……男に距離詰められるとビビる体質なんすわ」
「そーなんだ難儀な体質だねー」
適当なことを言ったら難儀扱いされたが、難儀なのはどう考えてもこの学校の生徒たちの距離感だろ、もっとパーソナルスペース大事にしろ。
「ま、いっか。えっとオレのこと知らないんだっけ? オレ、生徒会会計の神崎順平、3年だよー。気軽に順平せんぱいって呼んでねー」
「わかりました、神崎先輩」
「オレの話聞いてねーのかなー?」
「俺は1年の凩っす」
「名前は?」
「……凩っす」
「めっちゃ距離置くじゃーん、弟クンがマサくんって呼んでたし、じゃあマーくんって呼ぼ! マーくん、これでオレのこと知ったよね? 親衛隊になろ?」
「双葉先輩、1回その書類山分けます? あんま積むと倒れるかも」
「めっちゃ無視するーひでーの」
酷いと言う割りにはニコニコしてるので、何かこう、チャラいな……よくわからないけどあんま近づかない方がよさそうな気配を感じて無視して双葉先輩に話しかければ、双葉先輩は嬉しそうに笑いながら「うん、そうだね」と書類の山を小さくした。
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