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「小林委員長、その姿はどうしたんですか?」
橘が俺の姿を見て動揺するので、室内の鏡で自分の姿を確認する。
黒の染料スプレーで塗りワックスでガチガチに固めた七三分けのピッチリとした髪、分厚い伊達眼鏡、一番上まで止めたシャツとネクタイ。
どこまでもクソダサい。完璧だ。
「おう、どこからどう見ても、優等生だろ?」
「いや、ですから何故そのような?」
「橘、今から転校生の暴れ馬くんがここ、風紀委員室に来るだろう?」
「塩屋副委員長……は、いつも通りですね、良かった。委員長は何故?」
橘の傍に寄りながら塩屋はウインクすると、「橘、君はこの1週間で学ばなかったのかい?」と肩を上げて俺を指差すので自分の席にどかりと座り、「教えてやろうか」と肘を付いた。
「あの転校生は顔が良い男にしこたま弱く、挙げ句才賀に惚れてる」
「そうですね、世間的に美形と言われる生徒、主に生徒会中心に仲を深めているかと」
「で、だ。才賀より顔が良い俺はまだ面と向かってあの転校生に会ったことがねえ、これから一昨日の傷害事件で事情を説明しにやって来る転校生が俺を見たらどうなる? 惚れられるだろーが」
「はあ……小林委員長がいつもご自身に自信を持ってらっしゃるのは良いと思いますが……つまり、委員長はその、転校生に一目惚れされ風紀が更に乱れるのを危惧されてその姿に……?」
「備えあれば憂いなしとか言うだろ? じゃなかったら誰がこんなクソダサい格好、好んでやんだよ」
今すぐ脱いで髪洗いてえよ、とスマホを弄れば待受に設定した俺のジャージを着た雅也の情けねえ姿を見て、荒んだ心が落ち着く。
転校生のせいで仕事が増えて今もこうしてしたくもねえ姿で居なきゃなんねえストレスでどうにかなりそうだが、部屋に帰ると雅也の平和そうな顔見ると割りと落ち着くもんで。
「やっぱペットが居ると、癒されるつうのはマジなんだな……」
「ペット?」
「ああ、小林、最近同室者が出来たようで、ペットのように可愛がっているそうだよ」
「おー、じじいみたいに早く寝て早く起きる呑気なペットが居んだよ。そのうち何か芸仕込むか、お手とか」
「人間の話ですよね?」
最近アラームよりも雅也の起きて俺を起こさないようにこそこそ動く姿を見た方がスムーズに起きられるし、俺がゲームしてると横に来てゲームを見ながら自分も好きにゲームする雅也がこう、たまに撫で回してやりたくなるくらいに良い。
これがペットを飼う人間だけが味わえる、何つうか癒しと言うもんだろ、と待受を眺めてればドアの向こうから騒がしい声が聞こえスマホを仕舞い、優等生の見た目のように座るのを正せばノックもなしにガチャとドアが開いた。
これが面接なら即アウトだな。
「お邪魔しまーす!」
「失礼します」
転校生と一緒に入ってきたのは副会長だな、と分厚いレンズ越しに塩屋に視線を送れば、すぐに首肯が返ってくるがこいつマジでわかって頷いてんのか?
揉めんなよってことだからな?
橘がすぐに転校生に近寄り、「ここに座れ」とパイプ椅子に座らせる。
「生徒会室と違って、ここは何か会議室って感じだな!」
「はは、生徒会室みたいに無駄に金かけたとこと比べてんじゃねえよ」
「え、誰……!」
転校生がようやく俺を視認したのか、驚愕と言った様子で口を開き、その後ろで勝手に入り込んできた副会長も動揺に「ま、まさか、小林、ですか……!?」と驚いてやがった。
ので見た目とギャップにならねえように部屋で最奥、明らかに上長が座るような机に居んだから風紀委員長様だろうがよ、つう言葉を飲み込み、両手を広げる。
「我が風紀委員室にようこそ、転校生。俺は風紀委員長の小林、つまりこの部屋の、いや学園で一番偉い」
「こ、これが、風紀委員長……!? 凌みたいにカッコ良い奴だと思ったのに!」
随分素直な口だな、あと俺の方が才賀よりイケメンに決まってんだろふざけんじゃねえぞこら。
今すぐクソダサい髪型崩してこの視界がほぼ見えねえ眼鏡取ってやろうかと思ったが、こんなキャンキャン吠えてうるせえ奴に惚れられる苦行に比べれば耐え……耐えられねえので帰ったら雅也に愛嬌振り撒いて貰うしかねえわ。
「顔だけで選ばれた能無し生徒会と一緒にしてんじゃねえよ、んなことよりおたくは何で呼ばれて来たか理解出来てんの?」
「は、何って……」
「日曜昼頃、親衛隊に噛みついた際に1人の生徒の胸ぐらを掴み、更に強い力で締め上げた。この時の被害者の生徒は首に擦過傷を負い治療中とのこと」
「こちらが、その被害者の首の状態です。絆創膏を貼っていますが、この下には確かに擦過傷が」
と俺の言葉に橘が追い被せるようにタブレットで俺が撮った雅也の絆創膏を貼った首だけの部分の写真を見せれば、転校生が顔を青くし「き、傷を……」と眉を下げた。
それにすぐ副会長が「ですが」と声を上げる。
「その生徒が、真琴を侮辱したのではないですか? 真琴が何もないのに胸ぐらまで掴むとは思えません。逆上するようなことを言われたに決まっています、相手は複数の親衛隊が居たと聞いていますよ。謂われない言葉で真琴を傷付けたのでしょう!」
「すげえな、妄想だけで喋ってんぜあいつ」
「小林、僕に任せて」
「おい塩屋、あんただけはやめろ」
塩屋がタブレットを片手に副会長に近づき、「その勘違い甚だしい言葉を慎んで貰う為に、情報部からリアルタイムで送られてきた動画を見てもらっても構わないよ」と笑えば、パイプ椅子に座ってる転校生が顔色を悪くして副会長の手を掴んだ。
「や、やめてくれ、見ないで!」
「真琴……こんなに怖がって……そんなに酷い言葉を親衛隊から浴びせられたのですね! それを見せようなどと、塩屋副委員長は性格が悪いようで!」
「性格が悪いかどうかは知らないけれど、この転校生くんに泣き落としされて現状把握しない松宮副会長よりは頭は悪くはないので私情で事件を掻き乱すつもりならご退室されてはどうかな?」
「はん、よく回る口ですね! そのようにいつも口だけで相手を操ってるおつもりか知りませんが貴様は所詮下半身だけの男でしょう、ああ穢らわしい、真琴に近付かないでください!」
「話術もセックスも技術あってこそだから、マグロで話術もセックスもオツムが足りない松宮副会長は僕の言葉が理解できてなくて可哀想だね?」
「何ですって!」
おーおー、ヒートアップしてんな。
揉めんなってアイコンタクトしたつもりだったが、どうやらこの伊達眼鏡のせいで無駄だったなと、仕方ねえなと電話に手を伸ばす。
「小林委員長、止められないのですか?」
「何で俺が。口で勝てねえのに塩屋に歯向かう副会長が悪いんだから、生徒会にやって貰おうぜ? あ、出た出たちょうど良い、どうも才賀会長殿お世話になっておりますーこちら風紀委員室、電話越しにこの喧騒が聞こえておりますでしょうかー、転校生に勝手についてきたおたくの副会長殿がうちの塩屋に噛みついてキーキー吠えてうるせえので引き取って頂けると幸いですーはいそれではーお待ちしてまー……切りやがった」
止めに来てくれるとよ、と受話器を置けば、「委員長は会長と揉めないでくださいね」と橘に言われ、「俺が? しねえだろ」と鼻で笑いながら揉める2人と「や、やめろって……!」と止めようとするが入り込めねえ転校生を見てれば数分後、ガチャとノックしても聞こえねえと判断したのか才賀が入室してきた。
「松宮、何をしている。やめろ」
「才賀! どうしてここに……!」
あれほど転校生の言葉は聞こえなかった副会長は才賀の一喝にすぐ冷静になり、「お前が揉めていると連絡が……」とこっちを見た才賀が俺を見て微妙な顔をする。全員見ろ、あいつ今すげー不細工だぞ。
「……どういうつもりだ、小林……」
「人の振り見て我が振り直せ的なやつがあんだろ」
と顎で転校生を指せば、その転校生は「りょ、凌!」と上擦った声で才賀を見るので「チッ……なるほどな」と額を手で押さえた。
「松宮、お前はその場に居なかった無関係のはずだ。いくら証言しようとも何も知らないお前が何を言える?」
「真琴が酷い言葉を親衛隊に言われたのだと」
「だとしても、手を出したのは諏訪しか居ない。暴力行為は校則で禁じているはず、言葉に対して暴力を振るったのは加害者だ」
「凌、おれ……! おれ、ミートソースに謝りたいんだ!」
「「「ミートソース?」」」
その場の全員が聞き返したじゃねえか、何だよミートソースって。
しかし転校生は「いくらカッとしたからってさ」と落ち込んだように肩を落とす。
「よく考えたら、ミートソースの言ってることは正しくて、おれあの時わかんなくなっちゃって、気づいたら首絞めたんだ……そしたらミートソース、苦しそうな顔でおれのこと見てて……怪我、怪我までさせちゃったらしくて、おれ、おれ……謝りたくて……」
ああ、ミートソースって雅也のことか。
また何でそんなあだ名で呼ばれてんだと首を捻る俺に、「あの時ミートソースを食べてたらしいよ」と塩屋が耳打ちしてきた。
なるほどな、ミートソース食ってる時にテーブル叩かれたらそりゃ止めるわ、服についたら大変だかんな。
風紀委員は察したが生徒会側は理解出来ておらず、しかし副会長は「真琴……偉いですね」ととりあえず転校生をヨイショするので塩屋に「あいつ馬鹿じゃねえ?」と聞けば「そうだよ」と清々しい笑みで頷かれる。
とりあえず、転校生は今回の件の罰則として明日から自室謹慎3日を言い渡せば何故か聞き分けよく「わかった」と頷き、副会長と共に風紀委員室を出ていく。
「チッ、こんなに聞き分けいいんなら他の件も込みで1ヶ月くらい謹慎にすりゃあ良かったか?」
と伊達眼鏡を外し、ガシガシと七三を崩せばまだ居座ってたらしい才賀が「小林」と声をかけてきた。
「何だよ、早く生徒会室にハウスしろ」
「あの転校生に被害を受けた生徒は誰なんだ?」
「は?」
「さすがに、聞き分けが良い……あの転校生が珍しく罪悪感を覚えてる様子から、顔が良い生徒なのかと」
つまり顔がタイプだったので罪悪感覚えてしょんぼりしてるってか、あの転校生。だとすんなら手に負えねえわ。とんだ美形好きだな。
確かに雅也は俺が見ても悪くない顔を……と何故かペットを褒められたような自慢気な気分でいれば「小林」と答えをせがんでくる才賀に言おうとして、口を閉じる。
そういやこいつ、転校初日に雅也追い掛け回してたんだっけか?
それで被害者が雅也ですつったら、雅也のとこにすっ飛んでこれ見よがしに心配とか言って追い掛け回すんじゃねえだろうな?
「……会長殿が心配しなくとも、俺ら風紀委員がきちんとケアしたからいいだろ。あんたがもし名前知ってその生徒に会えば、二次災害みたいなもんが起きてまた被害を受けたらどうすんだよ」
「いや、別に会いには行かないが……」
「我々風紀委員は常に何事も最悪の事態を想定しております故、被害者は明かせねえわ」
しっしっ、と手を振れば「……わかった」と腑に落ちませんつう面で出てく才賀に中指立ててから、タブレットの画面を開くと「そう言えば」と塩屋が声を上げた。
「小林は随分、同室の子がお気に入りだね? 被害者も彼なんだろう?」
「悪いかよ、ペットを可愛がる飼い主ライフを楽しんで」
「いや、それは良いけど……あの子、割りと無防備だから誰かに手を出されないと良いね」
「あんたが一番出しそうだけどな」
「出して良いのかい?」
「おーやめろやめろ、うちの雅也ちゃんは巨乳のお姉さんと交尾希望なんだつうの」
別に誰とそう言う仲になろうが良いんだが、あのゴリゴリの童貞思想なノンケの雅也が誰かに股開くほど男に気を許すとも思えねえし。
俺がキスマ付ける時も暴れて……そういや首輪付けてるようなもんか、あれ。
「……今度から、首輪代わりに定期的に付けとっかな」
「うん?」
「早く終わらせてゲームしながらペット撫でっかつう話だよ」
「だから、人間なのでは?」
今日も疲れたが帰ったら平和そうな顔をした雅也がおかえりなさいと言ってくると思えば、悪くねえし程よく頑張ってやるかと思える。
これをペットと言わず何だと言うんだ。
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