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寮に近づき、そう言えば絆創膏剥がされたんだと予備がないので手で隠しながら玄関ホールに足を踏み入れれば、「お願いします……」「うーんでもねえ」と言う声が聞こえてきた。
受付でおじさん、に何か必死に訴えてる前見た時よりも顔色が悪い岡が見える。
どうしたんだ、とスマホで時間を見ると7時前、おじさんは確か6時までしか居ないはずじゃなかったか?
「あ……凩くん、お帰りなさい」
「どうもです、どうしたんすか?」
「こ、凩……」
「うん、それが岡くんがね、どうしても管理人室に泊めてくれって言ってくるんだけど、おじさん教員用の寮で暮らしてるし管理人室には寝具がないから駄目だよって言ってるんだよ」
「泊めてくれって、何かあったんだ?」
おじさんが疲れた様子なので岡にそう聞くと、「実は」と話し出そうと俺を見て「ひっ」と小さい悲鳴を上げるので人の顔見て悲鳴上げるとか失礼な奴だなと手で押さえたままの首を捻れば、ぽんと肩に誰かの手が乗った。
「何騒いでんだ?」
この声は、と後ろを振り返れば予想してた人物だけど何か朝見た時と雰囲気が違う。
茶髪が黒くなり、いつもセットしてる髪がややボサボサになってる長身イケメンは俺の視線に気づいて「おう」と笑った。
「陣先輩、急にイメチェンしたんすか?」
「諸事情でな? そう言う雅也も首痛ポーズキメてどうしたよ?」
「諸事情っすね。黒髪もカッコいいっすよ」
「だろ? 俺は何でも似合っちまうからなあ。んで? 岡だっけ? おやっさんに迷惑かけてんじゃねえよ、おやっさん帰ってもいーぜ」
「小林くん、いいのかい?」
「いいぜ、あとはこの風紀委員長様に任せとけよ」
ん?
俺は思わず陣先輩をしげしげと見てしまう、おじさんが「ありがとう、じゃあ任せるね」と言うのに「おー」と視線を送り返してから「何だ雅也」と俺に視線に戻すので、あの、と口にする。
「陣先輩……風紀委員長、なんすか?」
「ああ? 今更かよ? 逆に何だと思ってた?」
「いや、何か大変そうな、面倒解決委員会……?」
「雅也くんや、それを風紀委員会つうんだぜ? 言ってねえがわかんだろ」
「すんません、前居た学校に風紀委員会なかったんで……そっか、だから陣先輩、みんなから委員長って呼ばれてるんすね」
「そゆこと」
ニッと笑ってから陣先輩は「で?」と受付のカウンターに張り付いてる岡に冷たい声色を向けた。
「ちょっと聞こえてたが、管理人室に泊めてくれって? まさか枯れ専趣味でおやっさん襲おう魂胆ならやめとけよ」
「ち、違います……頼る人が居なくて……とにかく、部屋に居られなくて、それで誰か泊めて欲しくて」
「居られねえ? 何で?」
「……オレの同室、諏訪じゃないですか……諏訪が、問題起こして自室謹慎になったんですけど」
「ああ、したな」
転校生の苗字、諏訪って言うのか。
ん、諏訪って最近どこかで聞いたな、どこだっけ?
「それで、美形軍団が押し寄せてきて、何か謹慎明けるまで傍に居るとか言い出して部屋に居座られてて……そんな環境なんでオレ、居られなくて……誰かに泊めて貰えないかと」
「それでおじさんに頼んでたんだ? 友だちとかクラスの奴に頼めばよくね?」
「……諏訪と同室になってから、みんな疎遠になって……巻き込まれたくないからって」
「ふうん」
陣先輩は一部始終聞いたあと頷き、岡は俺をチラッと見て「凩は……」と縋るような視線を向けてきたので、「え、俺?」と首を傾げた。
「もしかして部屋に泊める系?」
「よ、良ければ、なんだけど……」
「俺だけなら良いけど……」
クラスも違うし話したこともちょっとしかない俺を頼りたくなるほどに友だち居ないのかと可哀想に思い、同室者である陣先輩を見れば「泊めろって?」と首を捻る。
「何でよく知らねえ奴泊めなきゃなんねえんだよ」
「あ、いえ、オレは凩に……」
「その雅也の同室、俺なんだが?」
「え!」
「そっすね……陣先輩が駄目なら俺のとこは頼れないけど」
「お困りのようだね」
「うお」
陣先輩の横に突然スッと現れた、前先輩にジャージ借りた時に会った美形が「話は聞いていたよ」と陣先輩に視線を送ってから岡に微笑みかけた。
「可哀想じゃないか、僕の部屋で良ければ泊まるといい」
「え、い、いいんですか!?」
「ああ、僕は風紀委員として困ってる小鹿ちゃんを見過ごせないんだ。それに、よく人が泊まりに来るからね僕の部屋は。小林も先日、急に泊まりに来てね」
「……良かったな、岡……塩屋に拾って貰って」
陣先輩は何か思い出したのか表情を無にするので岡はそれを見て「え、何かあるんですか!?」と怯えたような声を上げる。
それに陣先輩は俺の背中に手を当て押すようにその場から離れながら、「ははーいやー何もねえよー?」と乾いた笑いを浮かべエレベーターの方へ向かった。
「じゃ塩屋、頼んだぜ」
「ああ、任せて小林。僕が小鹿ちゃんを導いてあげるとも!」
「何に導くんですか!?」
と言う岡の悲鳴でエレベーターの戸は閉まり、陣先輩がやれやれ、と首を横に振る。
疲れた顔してるな、と思って見てるとエレベーターは止まり、すぐに出てく先輩を追ってそのまま部屋に着いて一緒に中に入ってドアが閉まるとポン、と頭に手を置かれた。
「え、なんすか……?」
「いや別に、お疲れ様?」
「はあ、お疲れ様す……あ、おかえりなさい」
「ただいま」
先にシャワー浴びたかったらいーぞ、とわしわしと頭を撫でて、一番風呂を譲って貰ったのでありがたくシャワーに直行する。
正直下半身が不快だったのと、才賀先輩に触られたところが気になって気になって仕方がなかった。
「はあ……くそ……」
萎えたものの触られた性器や尻が気になって触れそうになり、いやでもこのあと陣先輩が入るのにそんなことする訳にも行かず、何か萎えるもの萎えるもの、とシャワーを浴びながら考える。
金井さんのことを考えたらめちゃくちゃテンションが下がった、ありがとう金井さんいつも気持ち悪くてこういう時に助かるとは。
済ませて着替えてから出ると陣先輩の姿がない、とキョロキョロするが居ない。
「出掛けた?」
とベッドを覗き込んでると、ガチャと音がし、陣先輩が袋をぶら下げて戻ってきた。
「雅也、髪も乾かさず何、人のベッド覗いてんだ?」
「いや、先輩居るかなって……出てたんすね」
「飯買ってきた。あんたの分もあるぜ」
ほら、とコンビニの弁当をテーブルに広げてから髪に触れて嫌そうな顔をした陣先輩は「シャワー浴びるか」とため息を溢してシャワールームへと向かってく。
陣先輩が出てくるまで待つかとタオルで髪を拭きながらスマホを弄ろうとして、才賀先輩に触られたことをまた思い出してしまいローテーブルに突っ伏した。
何のつもりだったんだ、と言う気持ち、よりも。
キスが気持ち良かった、なのが強くて、俺はもう駄目なのかも知れない。
誰としても気持ち良いものなのか、それとも才賀先輩だからなのかわからないし、他の誰とする機会もないから結局わからないままなんだろうなあ。
「……はあ」
「雅也、飯も食わずに寝るつもりかー?」
隣に陣先輩が座るので顔を上げれば、いつもの茶髪に戻ってた。
「食ってても良かったのに待ってたのか、悪いな」
「いや、待ちたかったんで」
「……」
「? 先輩?」
「今ペットパワーを噛み締めてる」
ペットて、俺かよ。
「わんわん」と言ってから陣先輩と弁当を食って、適当にゲームをするが眠くなってきた。
「もう眠いのか、いつもより疲れてんな……ほら」
「ん?」
陣先輩が膝を叩いて俺に来い来いと合図するが意味がわからなくて、どういうことだと先輩の顔と膝を見る。
「何、してんすか?」
「ん、ハグしてやろうかと」
「ハグ。何で」
「知らねえのか雅也、ハグすると何か疲れ取れるらしいんだよ。俺が特別にハグしてやるから来いよ」
「え、いや、大丈夫っすよ、間に合ってます」
「雅也、来い」
「……わん」
有無を言わせない圧のある言い方をされ、渋々先輩の膝の方に近寄ると背中に腕が回り、ぐいっと抱き寄せられて膝の上に座らされた。
前から抱き締められてしまい、密着具合にさっきの才賀先輩の接触を思い出しかけ、
「よーしよしよし」
なかった。
全然思い出さない。
背中を軽くあやすように叩きながら、「雅也ー、いい子だなーよしよし」とマジでペットを褒めるような感じの陣先輩に「いや、俺人間なんすけど」と呟いてしまう。
「全然柔らかくねえな。男じゃねえか」
「男っすよ、人間のオスっす」
「はは、そりゃそうだ」
そのままあやすように抱き締められ、何かぬくいなと目がドンドン開かなくなってく。眠すぎる。
「男を抱き締めるとかやりたかなかったが、雅也なら悪くねえな。大型犬とじゃれてるみたいで」
「先輩……俺のこと、段々人間に、見るのやめてないっすか?」
「はいはい、眠くなってきた雅也くんは大人しく寝てろ。俺はゲームがしてえの」
ならハグしなきゃいいのに、ともぞもぞと抜け出そうとするのにまったく抜け出せず、頭をわしわしと撫でられた。
「このまま寝ろよ」
「は、や……大丈夫なんで……」
「遠慮すんな」
いやしてないけど、と何度も脱出を試みるが強い力でされてる訳じゃないのにハグから抜け出せず、結局諦めた頃には先輩の逞しい胸元に顔を埋めることになる。
「おやすみ、雅也」
その声は今まで聞いた陣先輩の声の中で一番優しい声色だな、と思いながら目を瞑った。
陣先輩にハグされてから、才賀先輩に触られたことを全く思い出さないことに気づいたのは目が覚めて朝になる頃だった。
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