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校舎裏ララバイ
生徒会室で作業して2日後の木曜の放課後、ウォーミングアップを済ませると「凩」と爽やかなイケメンこと大浴場で金井さんや部長と一緒に囲んで来た、3年でウィングスパイカーの福島さんが声をかけてきた。
「福島さん」
「ちょっとスパイクの練習したいんだけど、レシーバーで立ってくれない? レシーバー居た方が感覚掴みやすいから」
「おけっす」
「福島先輩! 凩を練習相手に選ぶなんて羨ましいんでおれをトス役にしませんか!」
「うわ」
金井さんが駆け足でやってきて挙手するので、勢いヤバと思って福島さんを盾にする。
福島さんはそんな金井さんに手を横に振った。
「いや、羽柴にもうトス役頼んでるから。お前とだと正確過ぎて練習にならないし」
羽柴とは1年のセッターで中学時代ではそこそこ名前聞いたことある奴だけど、何度も疑うが金井さんはセッターとしてはかなり優秀で正確なトス回しが部員たちの信頼を集めてる。こんな人だけど。
食い下がろうとする金井さんは部長に首根っこを掴まれて別のコートに連行され、俺は福島さんたちと練習し始めた。
「よーし、休憩ー」
部長の掛け声にボールを拾いながら「うーす」と返事をし、飲み物買ってくるの忘れたから水道行こうと体育館出入口に顔を向けると、制服姿の生徒数人と目が合う。
「あ」
「どうした、凩……ああ」
福島さんが傍にやって俺の見てる方を見て、「凩は背中向けてたから気づいてなかったのか、さっきから居たよ」と教えてくれたので、そなんすね、と頷いてタオルで汗を拭いながら近づくと、1人の生徒──親衛隊の山下先輩が「こ、凩くん」と声を上げた。
「こんちは、見学っすか?」
「こんにちは……見学と言うか、凩くんに用があって、バレー部って言ってたから……」
山下先輩、それに村田先輩と菊池先輩と言う、日曜に昼食べた面子だと思って「俺にっすか」と笑いかける。
「今休憩だから軽い話なら出来るけど、そうじゃなかったら、あと一時間くらい部活あるんで終わった頃とかでもいっすか?」
「う、うん、全然待つ……バレー部見学しててもいい?」
「いいですけど、ここじゃ見にくくない?」
「ううん、大丈夫」
それなら、と頷けば、菊池先輩が「あのこれ」とスポドリを渡してくれた。
「の、喉渇いてるかなと思って」
「え、俺に? くれるんすか?」
「うん」
「やった、ちょうどなかったし喉渇いてたんすよね。あざます」
「はわわ……笑顔……」
「凩、親衛隊に絡まれてんのか?」
スポドリを貰って早速開けて口に付けてると部長が後ろから顔を出した瞬間に、「うわ、バレー部!」「むさ苦しい!」「ゴリラ!」と先輩たちが一斉に離れる。
「……ゴリラは傷つくんだが」
こう見えても部長は割りと繊細だ、俺は「でも部長はがたい良いからブロックしてくれると鉄壁感あって頼もしいすよ」とフォローすると部長は「凩……!」と目を輝かせた。
「凩、おれは!?」
と金井さんが部長の後ろから顔を出すので反対側に顔を背けてスポドリを飲み、「金井さんは変態すね」と答えて蓋を閉めれば「おれにだけ塩対応……特別視されてる!」と喜んでしまったので訳わからないな。
部活も終わり、掃除して制服に着替えて「お待たせしました」と3人に声をかければ「大丈夫!」と笑顔が返ってきた。
「どっか行きます? ここだと他の部員とか来るけど、誰かに聞かれたくない感じっすよね」
「うん……校舎裏に来てくれる?」
「何だ凩、親衛隊から呼び出し食らってんのか?」
部長がまた俺の後ろから顔を出すので、親衛隊の3人は「近づかないで!」と悲鳴を上げる。そんなに怖がらなくても、いい人なのに。
傷つきかけてる部長の肩を叩いて「じゃ」と3人と一緒に校舎裏まで来た。
人気がまるでなく、夕方なのもあってひっそりとしてる。
「凩くん、あのね」
と山下先輩が口を開いた。
「凩くん一昨日、生徒会の……植田庶務の荷物持ってあげてたでしょ?」
「植田庶務……あ、はい、双葉先輩。すんません、生徒会の人ってわかってなくて手伝いました」
あー、そっか、4階まで運んだし生徒会に近づくと親衛隊に怒られるんだっけと頭を下げれば、3人は「ううん、注意とかじゃないんだ!」と慌てて首を横に振る。
「昨日、双子の親衛隊のみんながね、植田庶務の手伝いをしてくれた優しい1年生知らない、その子のお陰で植田庶務の仕事する時間が減って植田書記の看病が出来たってお礼言いたいんだって話しててね。僕、たまたま教室に居て凩くんが運ぶの手伝ってたの見たから……そのまま仕事までお手伝いしたの?」
「あ、怒られるとかじゃない……?」
「怒らない怒らない! むしろありがとうって感謝してる!」
感謝されることでもないんだけど、と思いつつ、俺としては一昨日の生徒会室のことは事件が起きたせいで上塗りされてたからな。
「そなんだ、なら良かったっす。双葉先輩困ってたみたいなんで。別に大したことしてないし、生徒会室に入れて貰ったからそれで怒られるのかと」
「それは羨ましいけど、許可されて入ったからね」
「うん、無許可で入るならともかく」
「それと、こないだ助けてくれて酷い目にあわせてごめんね」
「大丈夫っす、先輩たちも無事で良かった」
「凩くん……」
お礼を言いたかっただけらしく、先輩たちは本当にありがとう、今度ちゃんとお礼するね、双子の親衛隊のみんなもお礼したいって、と言われてから「そう言えば」と村田先輩が声を上げる。
「転校生、こないだの件で明日まで自室謹慎なんだって」
「明日までなんだ」
「うん。最初、生徒会の皆さんが泊まり込もうとしたけど、風紀が昨日立ち入って生徒会立入禁止になったから本当に良かった」
「明日まで平和だね」
良かったね、と安堵した表情を浮かべ先輩たちは「他の親衛隊の子たちにも伝えなきゃ」とキャッキャッしながらそれじゃあと去ってった。
先輩たちが元気そうで良かった、ところでこんなとこ来てまで話すことじゃなかったのでは?と思ったけど、まあいいかと俺も帰ろうと立ち去ろうとした。
「おい、やめろって! 離せよ!」
と言う大声が帰ろうとした反対側から聞こえ、この大声は、と声がする方へ足を向け、角からこっそり覗き込む。
「うるせえな、静かにしろ!」
「こいつ、チビの癖に力強くねえか!?」
「おれに触るんじゃねえ、この、んぐぐ!」
「声もクソでかいし!」
数人がかりで取り押さえられ、口を塞がれて引き摺られてるのは、さっき自室謹慎と話題に上がった転校生だ。
取り押さえてるのは、金髪、スキンヘッドなどなど、見るからに不良ですと言う面々が大変そうに「暴れんじゃねえよ」とこの設備良好の学校では珍しいボロボロのプレハブ小屋に連れ込んでった。
「えっと……?」
これは、もしかしてヤバいやつでは?
不良に引き摺られて密室に連れ込まれるなんて、そんな今時漫画でもないような、不良漫画定番なリンチみたいな展開だろ、え、ヤバいじゃん?
「陣先輩……」
どうしたらと思って、パッと顔が浮かんだ陣先輩は風紀委員長だ、連絡を取れば何とかしてくれるはず、とポケットからスマホを取りだそうとし、その手首がガシッと何かに掴まれてギョッとする。
「何!」
「こーんなとこで、何してんの?」
ひょこっと金髪が見え、一瞬体が強張ったけど、すぐに気さくそうな笑みを浮かべる男前に見覚えがあり肩の力を抜いた。
「あ、帰宅部の……」
「よ、バレー部」
片手をひらっと上げてくるけど、俺のスマホを掴んだ手首は掴まれたままで。
上げようとしてもグッと力強く動く気配がしない。
「あの」
「お前、こんなとこで1人で居たら危ないよ? 知らないと思うけど、ここら辺不良の溜まり場あるんだ」
例えばあそことか、と掴んでない方の手でプレハブ小屋を指差すので、そなんすかと頷いてから、いやそれなら転校生はヤバいのでは?
「どうした、顔色が悪いな」
「え……」
「見たんだろ? 諏訪真琴が連れ込まれたの」
ニコッと笑いかけられ、思わずこくっと頷けば、帰宅部の先輩は一瞬目を丸くしてから「ははは!」と面白そうに笑った。
「や、素直かよ? フツービビって何か必死になるもんじゃん? それなのに青い顔で素直に頷いてさあ!」
「いや、見たし……連絡しようと思ってる手、捕まれてるから、無駄じゃないすか」
「そりゃそうだな、オレ掴んでるもんな。ごめんごめん」
笑いながらスルッと手を離され、「どんな反応するか見たくてさ」と面白そうに言いながらプレハブ小屋をクイッと指差す。
「今ならまだ何も起きてないと思うから、連絡するなら早めにどーぞ?」
「え……いんすか?」
「うん?」
「……仲間、とかじゃ?」
「ああうん、仲間仲間」
その通り、と笑うのでますます混乱しながら、「妨害しないんすか?」と聞いてしまい、目の前の人物は「お前!」と噴き出してポンポンと肩を叩いてきた。
「笑い殺す気かー? はは、妨害ね、いやしなくてもいいよ? それとも電話掛けたらオレが邪魔すると思ってるならオレが電話掛けようか、風紀委員会に」
「え」
「よっと……あ、風紀委員会? 今、諏訪真琴が不良に溜まり場に連れ込まれて大変な目に遭うだろうから、助けたらいいと思うぜ。と良心的な生徒の代弁で連絡したから、じゃ」
流れるように電話をし終えたらしい帰宅部の先輩は、「これでオッケーな?」とニッと笑う。
え、どういうことだ……?
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