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「どうして、その……?」
「沖田道長」
「え?」
「オレの名前。沖田って苗字はそんな好きじゃないから、道長って名前で呼んでよ。身内からはミチさんって呼ばれてるからそれでもいいし」
な、と笑う沖田道長と名乗った帰宅部の先輩に。
「名前、何か歴史上の偉人っぽくてカッコ良くないすか?」
と貧相な感想を溢せば「うちの親父がそーゆーの好きでさ」と笑みを返され、「お前は、名前」と言われる。
「あ、凩雅也っす」
「凩雅也ね、じゃあマサだ。オレもミチでも道長でもいいよ」
「じゃあ、道長くん」
名前カッコ良いからそのままで呼びたいと思って言うと、「道長くん」とオウム返しされるので、あ、先輩なのに普通にくん付けで呼んじゃった。
「すんません、先輩とかさんのがいっすよね?」
「うん? ガキの頃以来だよ。道長くん、いいね」
気分を害するどころかニッと笑うので、良かった、なるべく先輩とかさんとかで呼ぶように気を付けてたのに。
「えっと、道長くんは……どうしてここに?」
「どうしてって?」
「いやその、向こうに仲間、がいるんすよね……転校生、諏訪だっけ、諏訪を連れ込んだのもわからないすけど、道長くんが風紀に連絡したのが一番謎っすね」
「ん、それは仲間売ったことを心配してんの?」
「そっすね……仲間って、仲間じゃないすか……って何かマジで語彙力なくてあれなんすけど、言いたいことが」
「ああ、何となくわかる。お仲間が意気揚々と諏訪真琴拉致ったのにそれを裏切るように風紀に通報したことが謎、ってこと?」
「そうです」
しどろもどろする俺に、「そんな謎に思うことでもないと思う」と気さくに笑う道長くんは、プレハブ小屋に視線を送ってから俺を見て首を傾げた。
「だってお前困ってたじゃん、助け呼びたくて。それを優先しただけだけど?」
「え……っと?」
「興味の優先度だよ、あいつらよりお前に興味あるからお前のしたいことを優先しただけ。先週会った時からお前のことさ、ずっと気になってたんだよね」
ズイッと。大股で一歩近づかれ詰められた距離の近さにビビって後ずされば、すぐに背中が校舎の外壁にぶつかる。
迫力がすご、と思う俺の真横に手をつき、道長くんは「オレさ」と笑みを浮かべたまま見下ろしてきた。
「今日、あいつらが諏訪真琴拉致するって意気込んでて暇だったから、バレー部覗き行ったんだよ。でも親衛隊が先に居たから隠れて観察してた訳ね?」
「み、道長くんも居たのか。バレー部、何か急に人気っすね」
「ん? オレも親衛隊もバレー部じゃなくて」
「風紀委員だ!」
と道長くんの言葉を遮る大声が聞こえ、一瞬俺から意識が離れる道長くんの隙を縫って這い出て角から覗けば、数人の生徒と教員がプレハブ小屋に入ってくのが見え、その一番後ろに居る見慣れた茶髪に安心する。
陣先輩だ、マジで風紀委員長なんだ。
「何だ、もう風紀のお出ましか」
「うお」
肩を捕まれて背後から顔の出し「何だよ、その声」とフッと笑う道長くんは、距離が近すぎることに気づいてないのか、気づいてくれ。
「意外と早かったな。謹慎してるらしいから、まず部屋の確認してからだと思ったのに……情報部使ったのか」
情報部、と言う単語に思わず反応しかけ、ここで変に反応すると猛くんの迷惑になりそうなので最後尾の陣先輩がプレハブ小屋に入ろうとするのを見守る。
と急に喧騒が大きくなり、中から人が雪崩になって出てきた。
「何だよ、あのクソチビ!」
半泣きのような声を上げながら不良の面々が風紀委員の人たちに抱きついて倒れ込みながらプレハブ小屋から出て来て、その奥から上着がややはだけて髪がボサボサの転校生が出てくる。
その姿に「ヒィ!」と悲鳴を上げる不良たちに、俺の真横から「へえ……?」と言う声が聞こえて振り返れば、子どもが面白そうなオモチャを見つけたような、目を輝かせた道長くんの横顔が。
「おい、どういうことだ」
と言う陣先輩の声に不良たちが「助けてくれよ風紀委員長ぉ!」「あのクソチビめちゃくちゃ強くてぶん殴ってくるんだ!」「手に負えねえよ!」と声を上げて助けを求める。
「風紀委員長……ってお前、こないだダサかった格好してた奴……!?」
転校生が陣先輩を見て、突然上擦った声を上げながら「おれ、こいつらに突然さ!」と何か説明しようと近づく前に、「塩屋ぁ!」と陣先輩が声を上げ美形の人がすぐに転校生に抱きついた。
「うわ、何だよ!」
と抵抗するけど、さっき連れ込んだ時の抵抗とまるで違う様子に、何なんだと呆気に取られてる横で道長くんが前に出ようとしてる。
「諏訪真琴、腕っぷし良いんだ……ちょっと体持て余してるから、遊んで貰おうかな」
「え、道長くん?」
「マサ、オレちょっと乱入して乱闘起こしてくるからさ、暗くなる前に帰った方がいいぜ」
今からちょっと友だち誘って遊んでくる、みたいな軽い言い方で笑いながら突然の乱闘宣言にビビり、角から出ようとする道長くん、の腕を思わず掴んでしまった。
「ちょ、ちょっと待って、道長くん! え、は? 乱闘って、何、暴動?」
「え、うん、そう。諏訪真琴と遊んでくる」
「や、何で何で、風紀委員とか居るしマジで何で?」
前に出ようとする道長くんを止めるように引っ張れば、道長くんは掴んでる手と俺を見て、こてんと言う様子で首を傾げる。
「マサ……お前もしかして、オレに行かせないように必死になってんの?」
「え、なってる!」
「はは、何で?」
「何で!? 何でって、暴力しようとしてたら止めるじゃん、教員も風紀委員も居るのに人殴ったら道長くん、確実に停学とか退学とかになるだろ」
そもそも暴力は駄目じゃん、と首を横に振れば道長くんは目を丸くさせてから、頭を掻き「いや別にオレはよくやるけど?」と不思議そうに言った。
「殴り合うのとかセックスとかさ、興奮しない? こう、体と感情が満たされるし」
「え、や、俺童貞だからわからないすね……!」
「童貞なのかよ、へえ、じゃあマサはさ、セックスの気持ち良さ知らないんだ?」
今にも飛び出しそうだった道長くんは突然体の向きを変え、プレハブ小屋に背を向けて俺へと変える。
さっき転校生に向けてたような、面白いオモチャ見つけた、と言うような顔を向けられて全身が何かヤバいと強張った。
「ね、マサ。そんなに暴力駄目だーって言うんなら、オレはどうすればいーの?」
一歩近寄られ、思わず同じだけ下がる。
「体が渇いてんだよね、動かしたいって言うか、何かしてないと堪んないんだ」
もう一歩近づいてくる道長くんに、俺は2歩下がれば背中がまた校舎の外壁にぶつかって。
「マサが、オレを満たしてくれんなら乱闘しに行かないけど、どーする?」
2歩前に出た道長くんは俺のネクタイを掴むと、ぐっと引っ張ってきて上体が前のめりになる。
「オレがキモチよくなる手伝い、してくれんのかよ」
前のめりになった俺の頬を撫でながら耳元に囁いてくる道長くんに、全身が鳥肌立った。
え、何これ、俺もしかしてヤバいやつなのでは!?
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