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静かな廊下を歩くとすぐに『保健室』と書かれたプレートが下がってる部屋を見つけた。
早速戸に手をかけようとした手、に才賀先輩の手が制するように重なる。
「え、何すか」
「……ちょっと待て」
すう、と息を吸うと、俺の手に重ねてるとは逆の手で戸をドンドン、と強めに叩いた。
「え、マジで何を!? 誰か休んでたらどうするんすか、保健室っすよ!?」
「……、よし、誰も居ないようだ」
「良くないっすよ、ビックリする!」
「すまない、だが……見たくないものを見るよりはマシだ」
「見たくないものってなんすか……怖」
重なった手が離れたのでおそるおそる戸を開ければ、ガランとした室内、ベッドにカーテンが引かれてない無人な保健室に、とりあえず病人に先程の騒音を浴びせずに済んでほっとする。
入口の近くに長椅子を見つけ、ようやく腰を下ろす。
「才賀先輩、教室に戻らなくて大丈夫っすか? 案内して貰ったし、職員室の場所は覚えたし、気にしなくていっすよ」
「今戻ってもと言うところだ。水しか出ないが、飲むか?」
「え、勝手に飲んでもいいやつ?」
才賀先輩は勝手に冷蔵庫から水のペットボトルを取り出し、「いいやつだ」と笑い渡してくれる。
いいやつなら有難い、喉も渇いてた。
礼を言ってから受け取りごくごく飲んでから、才賀先輩にじっと見られてることに気付き吹き出しそうになるのを堪え、口に含んだ分を飲み干してから「なんすか」と訴える。
「いや……話しやすい奴だなと思ってな」
「え、そうすか? 言われたことないかも」
確かに、才賀先輩とは会話そんな途切れないかも。
と言うことは才賀先輩も話しやすいってことになるんかな。
なるほど、と頷くと、隣に才賀先輩が腰を下ろす。
何か、ちょっと近いな。
「近い、と思うだろう?」
「自覚あったんすか」
「この学園の生徒はこれくらいが普通の距離感だ」
「何だって?」
ペットボトル1本立てたくらいしか離れてない距離感に思わず聞き返すと、才賀先輩は「はは」と小さく笑った。
「そして、親しい相手だと……この距離感になる」
トン、と肩に肩がぶつかり、才賀先輩の顔がめちゃくちゃ近いことにギョッとして思わず首を思いっきり仰け反らせる。
「嘘でしょ、冗談キツい……」
「そうだろう、冗談に思うだろうが……マジだ」
「怖……」
後退り首を横に振りながら長椅子のギリギリ端に座る俺を見て、才賀先輩は「これが普通の反応なんだよな」と何やらしみじみとしてた。
「お前を見てると正常な感覚を思い出せて助かる」
「どういう……はあ、ビックリした」
顔が良いから変に迫力がありすぎる、あれは事故でキスしてしまう距離だろ、距離感バグってる。怖。
親しい相手であの距離か……友だち作るのやめようかな……あの距離感は友情育めない。
「ええと、つまり、何? ここに通ってる生徒はみんな距離感バグってるってことっすか?」
「うちの学園は中高一貫で男子校だろう? しかも、こんな山の中にある……思春期の男子しか居ないと、どうなると思う?」
「牢獄としか思えない環境なんでわかんないけど、気が狂うとか?」
「性対象が同性になる奴が多くなる」
「……まあ、その……性癖は、人それぞれだし、うん……」
「友情と恋愛感情の区別がつかない奴が多い」
「地獄じゃないすか」
友情は友情だろ、勘弁しろ。
「そうだ。その感性を大事にして欲しい、お前みたいな奴は貴重なんだ……本当に、貴重だ」
そこで才賀先輩はぐったりとした様子で言うので、中学からそんな地獄の環境下に居たのでさぞ大変だったのか、その感情を推し量ることは残念ながら牢獄初日でまだまともに話したのが才賀先輩だけの俺には出来なかった。
「俺も洗脳されて男がイケるようになったらどうなんだろ、まだ彼女も出来たことないけど好みのタイプは巨乳の年上のお姉さんなんで」
「童貞の鑑のような発言安心する」
馬鹿にされてるようだが心底安心した様子の才賀先輩にキレられず、童貞なのも確かなので「この学園で童貞卒業しないように頑張りますわ」と頷いておく。
しかし俺の返事に才賀先輩は気の毒そうに眉を下げ、「ああ……」と小さく頷いた。
何なんだ。
と、そこで終鈴が鳴る。
思いの外話し込んでたお陰で時間経過が早かったみたいだ。
「あ、終わったんすね。じゃあ職員室行ってきます。先輩、本当に色々ありがとうございました」
「ああ、行けるか?」
「大丈夫っす、どうもです」
じゃ、と頭を下げ、ついに才賀先輩と離れた俺は、先程来た道を戻りながら渡されて口を付けた水を置いてきてしまったことに気付いたが、戻るにも面倒臭くなってしまい忘れたことにして大股で歩き職員室にたどり着けば、ちょうどスーツを着た男性と鉢合わせた。
「あ、ここの先生すか?」
「そうだね、先生だし、君はここの生徒だ。どうしたんだい?」
ふわっと優しげに笑う先生は、そこでふと俺を見て首を傾げる。
「見ない顔だね、何年生?」
「あ、転校生なんすよ。どうしたら良いのかわからなくて困ってて」
「転校生……え、ちょっと待ってね!?」
先生は慌てた様子で職員室の戸を開け中に入り、机の1つに向かってパソコンのキーボードを物凄いスピード叩いていた。
そして「あ!」と大きい声を上げてから、血相変えた顔で戻ってきて「き、君!」と俺の肩を掴むのでビクッとしてしまう。
急な接触、ビビる。
「こ、凩、雅也くん……?」
「あ、そっすね」
「もしかして、今まで、誰も迎えに来なかった……?」
「送迎車すら来なかったんで歩いて登って校門で小一時間放置食らったとこ、会長の才賀先輩に案内して貰ったんすよ」
「あれ秋津先生、どーしたんですか、そんなとこでー」
そこでのんきな中年の声が聞こえ、先生の後ろからだらしなく白衣を着た中年が現れ、先生はその中年をキッと睨み付けた。
「白川先生!? 貴方のクラスにも今日、転校生来ますって聞いてましたよね!?」
「あれ、そーでしたっけ。にしては誰も来ませんでしたよ? 連絡違いじゃない?」
「この野郎……居なかったら探すでしょう、この子が先生のクラスの転校生の凩くん! 先程までずっと放っておかれてたらしいですよ!」
どうやら俺のクラスの担任は、この無精髭のだらしない白衣の中年らしい。
中年は俺を見て、「おー」と頭をがりかりと掻く。
「それはそれは災難だったなあ、えーと何くんだっけ、転校生が同時に2人来て学園もちゃんとしてねえのが悪いな、学園のだらしなさが原因だぞ、保護者の方には学園のせいって言ってね」
「白川先生!」
「まーまー秋津先生、怒ると先生のやっさしーイメージ崩れちゃいますよ?」
「怒らせてるのは貴方でしょうに!」
「はいはいっと。さて転校生、おれのクラスの生徒らしいし、とりあえずこっち来い、多分教材とかあるしさ」
「はあ」
緩い足取りで職員室の中に入る担当に従い追い掛ければ、先程の先生の隣の席に腰を下ろし、床に置いてある段ボールを机上に上げていた。
「教材これだわな」
「あ、はい」
「えーと、ああ、おれは白川。1年2組の担任で、あとは科学の担当科目とバレー部の顧問をしてる。よろしくな」
「あ、凩雅也っす」
「凩ね……ん、凩雅也ってあの凩か? 陸川中の?」
「あ、そっすね、知ってるんすか?」
「おー知ってる知ってる。うちの部じゃ有名よ」
「有名……?」
有名になるほどバレーで活躍したことないんだけどな、補欠なこと多かったし、リベロだから目立ったか?
あとでバレー部見学に来いと言いながら担当の白川先生は立ち上がり、「んじゃ、とりあえず教室行くか」と緩い足取りで歩き出すので段ボールを持ち上げ追い掛ける。
なんと言うか、めちゃくちゃマイペースだなこの人。
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