校舎裏ララバイ

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転校生は陣先輩へと一歩前に出る。 「風紀委員長! 今、ミートソースがこいつに襲われてたんだよ! だからおれが助けてやろうって思ってさあ!」 「ああ?」 さすがにミートソースが人間を指してると思わないだろ、と気を利かせて「お、俺でーす……」と右手を上げれば陣先輩が舌打ちし道長くんを睨んだ。 睨まれた道長くんは意外そうな顔をし、そしてすぐにニヤッと表情を緩めると大股で俺に近づいて腰に手を回して引き寄せる。 「うお、何……」 「立てないんだよな、オレのせいで?」 な、と気さくに笑われるので俺まだ道長くんにキスされて腰を抜かしてたことに驚き、「あ、こら!」と転校生がまた俺から道長くんを引き剥がそうと腕を掴んできた。 「塩屋、橘!」 短い呼び掛けに陣先輩の後ろから2人が飛び出して、美形の人が転校生を再び抱き締め真面目そうな生徒が俺の腕を引いて道長くんから引き剥がす。 あっという間の出来事に腕を引かれそのまま陣先輩の隣に連れてかれ、陣先輩は隠すように俺の前に立った。 「な、にするんだよ、離せよお!」 「ふふ、元気な暴れ馬ちゃんだね。何があったのか、僕にじっくり話を聞かせて欲しいんだ。ね、お願いだから」 「あ……でも、ミートソースが……おれが助けてやらないと」 「大丈夫、子羊ちゃんはもう助かってるよ。さあ行こうか、僕と君だけの時間を」 「わ、わかった」 美形の人が優しく諭すと転校生はすぐに頷き、「いい子だね」と笑いながら抱き、いや、ひょいと俵を担ぐように抱えられる。 「え、ちょ、何!」 「橘、援護してくれるかい?」 「わかりました。小林委員長、あとは……」 「おう、行け」 「わ」 喚く転校生を担いで去る2人を見送ったあと陣先輩が俺の手首を掴んできて、ボスッと先輩の背中に顔を埋めれば「へえ」と言う面白そうな道長くんの声が聞こえた。 「風紀委員長が、誰かをそんなに庇うことあるんだ。意外だな、今までもこう言う風にオレが手出してる現場に来たことあったけど、救いだして庇うのは初めてじゃん?」 「あんたこそ珍しいじゃねえか、沖田。連れ込んで服脱がしてねえなんて、いつも全裸の男転がしてんだろ」 「え、怖……」 全裸の男転がしてるって何、と陣先輩に掴まれてない方の手で思わず裾をぎゅっと握ってしまう。 「マサがあんまりにも初だったから、ゆっくり教えてやろうって思ったんだよ。まだ手を出してないんだよね、諏訪真琴の勘違いだし、なあマサ?」 え、あのディープキスは手を出すにカウントされないのか、マジで? どう答えようかと口を開く前に「なら」と陣先輩の冷たい声が響いた。 「立てなくしたつってたのは何だ」 「おいおい風紀委員長、キスなんて手を出したうちに入んないだろ、この学校ではキスは挨拶みたいなもんだぜ?」 「え、そうなの」 「んな訳ねえよ、キスが挨拶とか言うのは野郎がイケる奴だけだ……されたのは、キスだけか?」 陣先輩が小声で確認してくるので頷けば、「チッ」と掴んでない方の手で頭を乱暴に掻く。 相当苛立ってるのはわかる。 「沖田、あんたは仲間に諏訪を襲わせて自分は雅也を襲うって腹だったんだな?」 「まさか。あいつらは親衛隊と寝たいから諏訪真琴を捕まえて張り切ってただけだし、マサとは偶然会ってオレとキモチいいことしてくれるって話になっただけ。なーんにも企んでないけど? 何これ冤罪?」 「諏訪の件はそうかも知れねえが、雅也は合意じゃねえな。迫って従わせてヤるつもりだったろ」 「へえ、何で?」 「知らねえのか、沖田? 雅也は巨乳好きの童貞だ、あんたみてえな男に見惚れて股開く奴じゃねえんだよ」 「陣先輩、今ここで俺が巨乳好きとか要らなくないすか?」 もう童貞なのはいいけど、趣向までバラすことなくない? 「は」と道長くんが笑った気配がした。 「じゃ、別にマサは風紀委員長のモンでもないってことだ。ならいいよ、わかったわかった、今日は大人しく帰りますっと。別にキスぐらいでオレを強姦魔扱いはしないよな?」 「……今回はな」 「はは、じゃそゆことで。オレは帰ろっと」 土を踏む音がこっち向かってくるのが聞こえ、道長くんが陣先輩の横を通ってプレハブ小屋の方へと向かう。 途中で足を止めて、陣先輩に掴まれてない方の腕をぐっと掴まれ体の向きがずれた。 「またな、マサ」 「ん、」 「! 沖田!」 ちゅ、とすれ違い様に素早くキスされ、気づいた陣先輩が腕を伸ばすよりも先に、笑いながら道長くんは今度こそプレハブ小屋に向かって去る。 通り魔にあった気分で口を手で押さえれば、陣先輩は手を離して向き直ると腰に腕を回してきた。 「わ、なんすか」 「……もう立てるか?」 「あ、大丈夫す」 「そうかよ。なら先に寮に帰ってろ、俺は転校生のとこに行かなきゃなんねえからな」 スルッと離れぽんぽんと頭を撫で「寄り道しないで真っ直ぐな」と仕方無さそうに笑われるので、うす、と頷けば「いい子だ」と言って陣先輩はそのまま行ってしまう。 忙しいんだろうな、転校生また問題起こしたし。 「……転校生が問題起こさなきゃ、陣先輩はゆっくり出来んのかな」 なんて呟いてから、言われた通り寮まで歩き、コンビニで夕飯を買って部屋に戻った。 シャワーを浴びてスマホゲームをして時間を潰せば、消灯時間になる。 陣先輩帰ってこなかったな、と欠伸をしつつ寝るかと電気を消せば、ガチャと音がした。 「陣先輩?」 「何だ雅也、もう寝んのか」 「おかえりなさい。暗いっすよね、今灯り」 点けます、と続けようとしたが、後ろから急に抱き締められる。 「え、何、陣先輩!?」 両腕が腹回りにガッチリと回り、肩に先輩の額が乗り「疲れた……」と言う囁きを溢された。 「死ぬほど疲れた。雅也、俺を癒せ」 「癒せって……これで癒されんすか?」 「んー」 気のない返事をされ、はあ、とため息が聞こえるのでそっと肩に乗ってる陣先輩の頭に手を伸ばす。 頭を撫でれば「何してんだよ」と笑い声が聞こえるけど退かすことはされなかったのでそのまま撫でた。 「撫でんの下手だな、あんた」 「撫でるの上手い下手とかあるんすか」 ぎゅっと少しだけ腕の力を強める、だけで何もせず先輩は俺を抱き締める。 普通なら男に抱き締められるなんて嫌なのに、疲れてる陣先輩を払うことは出来ないし、これも2回目だ。 正直、陣先輩の体温がじわじわ伝わってきて温かくなるから嫌いじゃなかった。 癒すどうこうよりも、入眠へ誘導する点なら陣先輩の腕の中が一番いいかも知れない。まだ2回目だけど。 眠たかったのも合わせて、陣先輩に背中を預けながら首がカクッとなる。 「もう眠いのか」 「眠い、すね……」 「寝てもいいぜ、あとでベッドまで運んでやる」 「や、立ったまま寝るのはさすがに……」 「支えといてやるから寝ろよ」 ぽんぽんと腹辺りを優しく叩かれ、その振動が心地よくて目がドンドン開かなくなってきた。 「先輩……」 「ん?」 何か言わなきゃと口を開いて、眠気で働かない頭でそっと先輩を振り返る。 「おやすみ、なさい……」 「おう、おやすみ、雅也」 前と同じように優しい声が聞こえ、この声いいなあと思った時にはまた寝てしまった。 キスされて気持ちいいってなるのも問題だけど、陣先輩にハグされると眠くなるのもどうなんだ俺と考え、他の誰かならビビるのに陣先輩は全然大丈夫な気がするのは信頼出来て安心感があるからかも知れないと勝手に納得することにしたのだった。
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