転校初日

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揺さぶられる感覚に目を開ければ、間近のイケメンの顔にビビって一気に覚醒した。 「わ、とと……陣先輩」 「よ。そんなに寝たら夜寝れなくなるぜ」 いつの間にか私服に着替えてる陣先輩の言葉に目を擦りながらベッドから下りると、窓の外はすっかり暗くなっているのかカーテンで覆われ、部屋は灯りがついていた。 「うわ、寝た……」 「スマホ、結構鳴ってたから起こしてたんだが、なかなか起きなかったから朝まで寝るのかと思った」 「あ、ヤバ……!」 スマホを見れば、30分前まで三浦から着信が数件並んでおり、最後にはメッセージで「寝てるなら仕方ないな」と来ていた。 それにすぐに「寝てた」と返して、肩を落とす。 「クラスの奴と約束してたんだろ、さっき部屋まで来たぜ」 「え、マジすか」 「マジ。起こしてるけど起きねえわつったら今日は諦めるって帰ったよ」 「うわー、すんません……」 「仕方ねえ仕方ねえ」 陣先輩はドンマイと肩を叩いて、「で」と俺を見下ろした。 「夕飯、食いに行くなら案内してやろうか?」 「え、いいんすか……?」 「いいぜ? 今ならピーク済んで来て空いてるだろうし、俺と食いに行く?」 「行きます!」 はい、と挙手する俺に「決まりだ」と笑う陣先輩は俺が起きるまで夕飯も食わずに待っててくれたらしい、マジで頭が上がらない。 階段を使って降りる陣先輩に着いてくと、1階まで来て開けた場所に着く。 良い匂いがして、テーブルがいくつもあるそこは学食より品のある内装でレストランのようだった。 確かに人数は少ないのか、何人かちらほら見えるが席はかなり空いてる。 「ここにするか」 と4人掛けのテーブルに座る陣先輩にどうぞ?と前を促されたので座れば、中央のタッチパネルをトントンと指で叩くので画面を覗く。 「わー、すげー」 「雅也はどれにする?」 「んー……昼はカレーだったから、カレー以外で何かオススメあります?」 「学食のカレー美味いよな。オススメ、ねえ。大体どれも美味い」 色々見た結果、親子丼が目に入ったので親子丼を注文した。 すると、囁きが聞こえ顔を上げれば、何人か陣先輩をチラチラ見てるので用でもあるんじゃと先輩に顔を向ければそれに気付いたのか首を横に振られる。 「この通りカッコいいだろ? だから人気あるんだよ」 「あ、なるほど……? えっと、そういう……恋愛感情、向けられてる、系?」 「向けられてる系。今日のオカズにでもされるんだろうなあ」 「オカズ……それなら普通にAVのが良くないすか?」 「AVってあんた、何系好き?」 「……巨乳のお姉さん系」 「ゴリゴリの童貞じゃねえか」 童貞だが指摘されるとやるせない、巨乳のお姉さん好きなら童貞ってなんだよ、いいだろ、嫌いな奴いるのか? 微妙に居心地が悪くなってるとこに給仕の人が夕飯を運んできて、俺の前に親子丼を置かれたのでどうもですと頭を下げたらにこりと笑みだけ浮かべて戻ってく。 スマイルは0円かな。 いただきますと手を合わせて箸とレンゲが置いてあり、レンゲで掬って口に運べばトロッとした卵が口の中に広がる。 美味い。 「おー、美味そうに食うねえ」 「マジで美味い……飯が美味いことは幸福度が上がるんすよ」 「わかるわかる」 うんうん、と頷きながら割り箸を割り、しょうが焼きを食べる陣先輩は所作がなんと言うか綺麗だ。 良い教育受けてるんだなーと言う感じ、見た目はガツガツ行きそうなのに、こういうのをギャップと言うんだろ、周りのチラチラ見てる生徒が拝み始めた。え、拝んでる怖。 「何? じっと見てどーした」 「いや……人がオカズにされる瞬間を目の当たりしてるつうか……」 「食事中に下ネタとか、下品ですわねえ」 「先輩がさっき言ったんでしょ」 「あん時は飯来てねえからいーんだよ」 「なるほど、じゃあすんません」 「よろしい……あん?」 そこで先輩は箸を置き、「はあ」とため息をついてどうしたんだと声を掛けようとしたが、周りの囁きがざわめきに変わり、すぐに原因がわかる。 「もー、2人とも仲良くしろよなー! 友だちじゃん!」 「あ、発声練習くんだ」 ついうっかり声を出してしまったが、周りのざわつきで掻き消えたみたいだ。 と思ったけど、陣先輩が「発声練習くんだなあ」とニヤニヤ笑ってるので聞こえたらしい。 もう1人の転校生が入口付近にて大声を上げながら、金髪の長身とこの距離からでも青い顔をしてる茶髪の男の腕を押さえてる。何だあれ。 「雅也」 トントン、と音がし顔を向ければ陣先輩がテーブルを指で叩き、そしてトレーを顎で指した。 「あんなの気にしないで冷める前に食っちまおうぜ?」 「あ、そっすね」 「そっすよ。腹いっぱいになったし、帰ってシャワー浴びてゲームしてえのよ」 「ん、先輩ゲームとかするんすか?」 「するする、他に特に娯楽ねえし」 なるほど、それでうちのクラスもゲームやってる奴が多いのか。 確かに全寮制で山の中だし、娯楽少ないかも。 食べ終わった先輩を待たすのも悪いので、少し冷えた残りの親子丼をかっ込んでるとポケットのスマホが陽気なリズムで鳴る。 やべ、マナーモードにしてないわ。 画面を見ると着信で、口の中の親子丼を急いで水で流し込み先輩に「ちょっと出てもいっすか?」と聞けば「ここでいーならどうぞ?」と笑うので聞かれても別にいいかと頷いて通話を押した。 「もしもし、どうしたんすか?」 『ああ、坊っちゃん。お時間大丈夫でしたか?』 「ん、今、人と居るんで長くなりそうなら折り返しますけど」 『いえ、すぐに。会長から坊っちゃんが天崎学園に転校したと聞きまして』 この学校、天崎学園って名前なのか、今知った。 「んーそう、ほとぼり冷めるまで居ろってさ」 『左様でございましたか。そちらに私の倅が通っておりますので、私の方からも伝えておきますが近いうちに挨拶に伺うと思います』 「あ、ここに通ってるんすね。おけっす」 『はい。用件は以上になります、お休みなさいませ』 「うん、お休みなさい」 通話が終わりスマホを仕舞えば陣先輩が「家族じゃなさそうな会話な」とニヤニヤしてるので、「知人っすね」と笑って返す。 知人というか、じいちゃんの秘書の人で本間さんと言うおじさんだ。 じいちゃんと一緒に俺を可愛がってくれるので小さい頃は親戚のおじさんなんだと思ってたが、よくよく考えたら坊っちゃんと呼ばれてるので親戚じゃなかったのだ。 本間さんの息子、と言うことは猛くんか。最近会ってなかったけど、知り合いが居ると思うと少しだけ気が楽になりそう。 ごちそうさまをしトレーを持ち上げようとすると陣先輩が「ここはこのまま置いてっていーやつ」と教えてくれたので、手ぶらで立ち上がり出口に向かう。 「あんたは風呂どーする? 大浴場行くんなら道すがら案内してやろうか?」 「あー、や、1人で大浴場行くのあれなんで先輩終わってからシャワーにしようかな」 「雅也くんが寂しいってんなら一緒に大浴場行ってやらんこともねえがなあ、陣くん早くゲームしたあい」 「はいはい、陣くん何のゲームするの?」 「ゾンビぶっ殺すやつ」 「ホラーゲームだった」 陣先輩と話しながら出ようとした矢先、ドンッと何かが背中にぶつかり予期せぬ衝撃に前から倒れてしまった。 「わ、と……いってー、何だ……」 何とか肘でガードしたので顔面から行くことはなかったが、膝と肘を思い切りぶつけたくそ痛い。 つうか背中重いなと振り返れば青い顔をした茶髪の男が俺の背に乗ってる。 俺の視線に気付いたのか男は慌てて立ち上がり「ご、ごめんなさいごめんなさい」と頭を下げてきたんだがどういう状況なのこれ。 「大丈夫か、雅也」 「あ、どうも」 陣先輩の差し出してきた手を取り立ち上がり、「いてて」と肘を擦りながら辺りを確認すれば茶髪の男の数メートル離れた場所で子犬みたいな奴、もとい発声練習くんが両手を突き出したポージングをしてるので、ははんなるほど。 すみませんすみませんとペコペコ頭を下げてる茶髪の男の肩をポンポンと叩き、「怪我ない?」と囁いて聞けば「オレは大丈夫です……」と青い顔が白になりかけてるので「おけっす」と頷き一歩離れた。 「あの、怪我は……」 「まあ、大丈夫っす。あ、でも具合悪そうじゃないすか、一緒に出る?」 「え?」 「具合悪そうすよね、陣先輩」 「ん? あーそーだな、顔色やべーぜあんた。飯食ったら吐くんじゃねえの?」 「え、その」 「体調悪いなら無理しない方がいっすよ。はいすんませーん、病人連れてくんで通りまーす」 茶髪の男の肩に腕を回して、少し出来た人集りにそう声を掛けたら後ろから「お、おれは、悪くないからな!」と言う大声が聞こえたが無視して食堂を出、少し歩いてから離れれば茶髪の男はぺこりと頭を下げた。 「ご、ごめんなさい」 「何か突き飛ばされたみたいだったし、面倒臭そうだったから連れ出してすんません。大丈夫っすか?」 「オレは……はい。それより、あの」 「あんた、あの転校生と同室の、岡、だったか?」 と陣先輩がスマホ弄りながらそう言うと、茶髪の男がビクッと跳ね、「あ、何で……そうです」と肩を落とす。 「転校生は初日でトラブルメーカーだからな、興味なくても色々耳に入ってくるんだよ」 「俺は全然入ってこないすね、トラブルメーカーなんだ。もう異名持ってるのか、ヤバいな」 「異名ってなあ、問題児って意味だからな? ま、問題児くんに耐え兼ねたら一応、こう言うのあっから」 陣先輩はスマホの画面を茶髪の男に見せると、「寮部屋変更願……」と読み上げた。 「そ、最終手段で審査して変更可能ってやつ。空室はねえから、今1人の奴と同室になるんじゃねえかな」 「……ちなみに、今、1人部屋の人って」 「聞きてえの? 生徒会の会長と副会長と会計」 「……きゅ、究極の二択じゃ、ないですか……!」 「だから言ったろ? 最終手段ってな」 以上です、とニヤっと笑って陣先輩は俺の頭をポンポンと叩く。 「助けるのはここまででいーだろ、帰るぞ雅也」 「あ、はい。えっとじゃ、腹減ったらコンビニでも飯買えるらしいんで」 「……あっ」 何か言いたげな茶髪の男に聞き返そうと思ったのに陣先輩に腕を掴まれ、そのまま引っ張られてしまい、エレベーターに押し込まれた。 「先輩」 「弱ってるとこあんま優しくすると、惚れられるぜ?」 「惚れ、るんすか? 俺に? 何で?」 「あんた顔も悪くねえから、優しくされたらこの学校の奴らなら特にコロッと落ちる」 「怖……」 そう言えば才賀先輩が友情と恋愛感情の区別つかない奴が多いって言ってたな、忘れかけてた。 気を付けよ、と肘を擦れば陣先輩が数字が変わるモニターを見ながら「ぶつけたとこ、平気か?」と聞いてくる。 「あ、大丈夫っす。こういうの慣れてるんで」 「へえ、男の子じゃねえの」 「男子校っすからね。もし俺が深い事情で男装してる女の子だったらどうするんすか」 「雅也が女だったら?」 「って言う漫画ありそうっすよね」 そこで上昇が止まりポーンと音が鳴って開く扉へ先輩が一歩出た。 「孕むまで犯す」 ニヤッと獣じみたように歯を出して笑い出てく陣先輩の冗談が笑えないくらいマジに聞こえたので、「お、男で良かったー……」と追いかける足は震える。 やっぱ男装した女子は存在しなさそうだな、と全員男と言う事実をきちんと受け入れようと思った。
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