転校初日

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* 「俺に同室者が? しかも明日からだって?」 消灯時間ギリギリに寮に戻ってきた俺に、教員の1人が「転校生が明日から編入してくるので」と告げる。 「だが、その転校生と言うのは1年なんだろ? 数日前から編入の話は聞いてたし、1年の方に相部屋になってねえ奴が居るんじゃなかったのか? なるたけ同学年で部屋組むはずだし、つうか何で俺? 3年なんだが?」 「それが急遽変更になり……その転校生は理事長の恩人のお孫さんだとかで、下手なことは出来ないだとか」 「だったら俺じゃなくて才賀会長殿とかで良いんじゃねえの? クソ真面目なあいつなら下手なことしねえだろうし?」 「それが……その恩人の方と才賀家当主は不仲なので可能な限り才賀は外して欲しいと……」 あーお家柄のいざこざってやつに巻き込まれたのか俺、クソ、3年間一人部屋満喫する気だったのに災難なもんだ。 翌朝、ご丁寧に早朝から段ボールが2個ほど運ばれてきた、荷物がかなり少ないなと思いつつため息を溢してから使ってねえ机に寄せてから着替え部屋を出る。 今日から同室者、しかも転校生ともなれば世話をしてやんなきゃならねえのか……案内は生徒会がするんなら生徒会に押し付けてやれねえもんかな。 さっさと登校し、教室に向かえば5月頭に控えた新入生親睦会とやらの打ち合わせに教員全体会議の為2限目まで自習となるらしい。 全体的なものは生徒会がやったらしいが安全面の確認とかそう言う最終確認的なものの為に授業潰すのも如何なもんかね、放課後とかにやれば良いだろうに。 「こ、小林委員長、大変です……!」 暇潰しにスマホゲームに興じてれば2年の橘が教室に入ってきた。 「おいおい橘ぁ、自習とは言え授業中だぜ?」 「そうも言ってられなくてですね……その、転校生が……」 「転校生? ああ、もう来てるのか……」 同室者になるらしい理事長の恩人の孫とやらが、ととりあえずクラスの奴らに聞かせるのもなんだし、と廊下に出て「その転校生がどーした」と聞けば橘は顔色を悪くしながらタブレットを押し付けてくる。 「あん?」 「……とりあえず、その風紀委員会に寄せられたコメントをご覧ください」 言うより見た方が早えと言いたげな橘に「はいはい」と受け取り目を落とせば2行目辺りから頭痛がした。 『転校生が副会長の唇を奪い、副会長の親衛隊が暴徒寸前で手に負えない』 『転校生の声が大きすぎて耳が痛い』 『転校生が色んなイケメンとだけ会話する度に各親衛隊が暴徒と化す、どうにかして欲しい』 『顔が可愛い転校生に優しくされただけで落ちる美形チョロ過ぎるのどうにかして欲しい』 と、ざっと見ただけで大体把握したのでため息を溢す。 「……これが、風紀委員会に寄せられたコメント?」 「はい……」 「……俺らにどうしろつうんだ、知らねえよ」 「委員長……続々と寄せられてます」 確かに軽快なピロンと言う音を立てて新着コメントが増えてくが、大体「転校生どうにかしろ」だ、どうにかしろつってもだな? 見た感じ、転校生に誑かされ惚れたイケメンとその親衛隊が嫉妬に狂ってるって感じだろ、正気になれよ男子校だぜ? 「はあ……で? 肝心の転校生って? 資料あんの?」 「あ、はい。確か……こちらです」 騒動に向かう前に敵を確認してえ、俺の同室者になるんだと思って橘が操作し映した画面を見る。 「えーっと? 諏訪真琴、1年……あー顔が確かに可愛い系かもな、子犬みてえな」 「その顔で声量がすごいそうです」 「躾がなってねえクソ犬じゃねえか……何々……理事長の、甥? あ? 理事長の甥なのか?」 「あ、はい、そうですね」 「は? 理事長の恩人の孫じゃねえのか?」 「え?」 どういうことだ、話が違え。 俺の同室になるのがクソ犬みてえな転校生なら理事長の甥って言った方が関係性が明瞭だし、じゃあその恩人の孫とやらは何なんだ? 甥と恩人の孫がイコールじゃねえとすると……まさか、おい冗談だろ? 「……橘、転校生ってのは、他に居ねえよな?」 「他? いえ、副会長が案内した転校生はこの諏訪と言う転校生だけです」 「はあわかった、ちょっと確認してくっから、お前は先に他の委員集めてどうにかしてこい」 「え、あ、委員長!」 タブレットを橘に押し付け返し、足早に職員室に向かいながらスマホで奴に連絡を入れるが出る気配がまるでねえ、大方面白がって無視してるんだろ、あとで絞める。 とそこで終鈴が鳴り、階段を下りればすれ違う生徒たちが「会長が一緒に居た奴、そう言えば見たことないよな」「あの変なポーズしてた奴? ないかも」「会長、別れたのに追いかけてったよね」などと話してるので足を止め振り返るが、生徒たちは俺に気付かないのか教室に戻ってく。 ……才賀が、誰かと一緒に居た? あの、近付くな野郎共みてえな拒絶オーラ出しまくりの奴が追いかけただって? おいおい、俺がゲームしてる間に面白そうなことになってんじゃねえか、と角を曲がれば職員室、ってとこで声が聞こえてきた。 「居なかったら探すでしょう、この子が先生のクラスの転校生の凩くん! 先程までずっと放っておかれてたらしいですよ!」 「おー。それはそれは災難だったなあ、えーと何くんだっけ、転校生が同時に2人来て学園もちゃんとしてねえのが悪いな、学園のだらしなさが原因だぞ、保護者の方には学園のせいって言ってね」 「白川先生!」 白川と秋津の会話に少しだけ身を乗り出せば、見知らぬ生徒が1人白川に連れられ職員室の中に入ったとこで、「ったく」と憤慨してる秋津の背に「秋津せんせー」と声を掛ければ驚いた顔をしながらこっちを振り返る。 「小林くん」 「今の誰? 転校生って聞こえたんだがね、転校生ってのは理事長の甥で、確かせんせーのクラスじゃなかったか?」 「……さすが、風紀委員長は耳が広いね。実は、転校生が2人居たみたいで、我々も知ったのは今朝だったんだよ。それで……」 簡潔に話を聞けば、どうやら手違いで1人の転校生を送迎車も出さず徒歩で登らせた挙げ句今まで放置してたらしい。 それは完全に学園全体の落ち度だろ、俺ら風紀委員会も気付けなかったのは痛すぎる。 秋津と別れ会計と才賀が話してるのを聞いて割り込んでから、その足で理事長室へ向かった。 「……で、転校生が2人になったと」 「ほ、本当に申し訳ない」 迎え入れた理事長に事情を聞き出せば、曰く、昨日急遽甥が編入することになり、数日前から編入の連絡を受けてた恩人の孫と奇しくも同日となってしまったと。 「兄さん……甥の父親がね、海外に行くからと押し付けてきたんだ……」 「手を焼いてらっしゃるつうのはわかったんだが、前から決まってた方の恩人の孫を俺に押し付けてきたのは?」 「……甥はちょっと、美形好きなところがあるからね、1年以外で空いてる子がその、みんな美形だったし、問題になっても困るかと思って」 もう問題が起きてるんだがね、と先程のコメントを思い出したが、つまり、元々恩人の孫が入る予定の部屋に甥を入れ、恩人の孫を諍いのない俺にと押し付けてきたつうことね。 散々放置されてなかなか可哀想じゃねえか、甥と同じく問題起こして美形好きだったらどうすんだよ、と思ったが予鈴が鳴ったので話もそこそこに切り上げ理事長室を出た。 そのあとはまあ、やれ転校生がどうとか美形どもがどうしたとか色々あった訳だが。 夜も更け、迫り来るゾンビを殺すのも良い時間だとセーブしてやめれば後ろの方から寝息が聞こえ振り返ると、お行儀よくすやすや寝る雅也の姿が。 危惧してた問題も起こさねえし美形好きでもねえ凩雅也は、礼儀もあり明るく人好きするタイプの、ただの男子高校生だ。最早学園に馴染んでるとさえ錯覚する。 「はは、カーテン閉めろよな」 プライバシーを守る為に下のベッドにはカーテンがあると言うのに全開で寝顔を晒して警戒心のけの字もねえと来た。 これが他の生徒なら美味しく頂かれても知らねえぞ、と思いつつスマホが振動してるのに気付き雅也の顔を覗き込んだまま着信に応対した。 「あいよ」 『ああ、小林。夜更けにごめんよ』 「いつも夜更けにしてくっだろうがよ、うちの副委員長殿は。で、転校生関係なら今日はもー聞きたくねえんだが?」 本日は営業終了しましたーと言えば、『ふふっ』と愉快そうな声が聞こえる奥で『あんっ』と喘ぎ声聞こえ思わず舌打ちを溢す。 「おい、人との電話中に盛んじゃねえぞ」 『逆だよ、盛ってる最中に小林に電話するのを思い出してね』 「風紀委員が風紀乱して世話ねえわな」 『ああ、それで、僕のエンジェルたちから聞いたけど、食堂でひと悶着あった時にその場に小林、居たんだろう? 報告とかないけど大丈夫、転倒があったとか』 エンジェル、もといこいつの性欲処理係があの場に居たのかと興味を失くしながら「俺が居るのに誰に報告するんだよ」と手持ち無沙汰なので雅也の頬をつつけば別段柔らかい訳でもなかったが起きる気配がねえのでそのままつつく。 『被害者の怪我の状態で色々変わるだろう?』 「平気つってたからなあ、あとで見とくわ」 『そうしてくれ。じゃあとりあえずそれだけだから』 用も済み、性処理に戻るらしいこいつに大概だなと思いつつ、性欲で思い出した。 「あ、塩屋。1つ良いか?」 『おや、どうしたんだい? 小林の頼みなら尻を貸す以外なら大体受けるとも』 「あんたのケツに興味はねえよ……俺にもついに同室者が出来たんだよ」 『え、そうなのかい? あ、もしかして転校生の暴れ馬ちゃんかな?』 「だったら即行で部屋変更願叩き込みに行くつうの、違う奴だよ。で、だ。同室者出来たわ良いが、その場合オナする時ってどーすんの?」 自慰は死活問題だ、今まで1人だったのに同室者が出来てしまってはそう言うタイミングが人に合わせなきゃなんねえだろ。 『僕はエンジェルたちにしてもらってるからね』 「チッ、聞く相手間違えたわ」 『まあでも、トイレに籠ったり何処かで解消してみればいいんじゃないかな』 「面倒臭えな……あ、あと、年上の巨乳のAVとか持ってねえか?」 『どうしたんだい、小林。君いつからそんな童貞臭い趣向に……』 「俺の趣向も大して知らねえだろうが、同室者の趣向でね。あったら回してくれ」 『なるほど、エンジェルたちに聞いて探してみるよ。それじゃあ』 「おう」 電話を終えてスマホから手を離せば、頬をつついたままの雅也が「んん……」と少し嫌そうに顔を背けるので、そういや転んだ時に肘擦ってたなと思い出して布団を捲り片腕を掴んで袖を捲り上げれば、赤くなってる程度で怪我はしてねえようだ。 怪我なくて良かったな、と布団をかけ直してやろうと掴んだとこで、先程の雅也の「女の子だったらどうする」発言を思い出し顔をマジマジと見てしまう。 どう考えても男だし、喉仏も見えるから完全に男なんだが、マジで女の可能性が1%もあるのか?と気付けば雅也の股間に手をやる。 「……ついてるじゃねえか」 生地越しからでもわかるブツが股の間にあるのを確認し、いらん心配したなと雅也の顔を見れば嫌そうに「ん……」と口を歪ませ股を閉じようとした。 「……さすがに寝てる相手のを触るのは」 寝てるどころか男のブツ触ってても興奮しねえわ、と離し布団をかけ直してやれば、安心した様子で警戒心ゼロでまた寝るので、この警戒心の無さはどうにかなんねえかと変に心配になる。 「別に、誰を好きになろうが誰とどう言う関係になろうが……ん、それは困るか?」 変な奴とそう言う関係になり部屋に連れ込み下のベッドであんあん言われたら俺の安眠妨害になるじゃねえの。 気を遣って俺が外に出てやらなくちゃなんねえのも嫌すぎる、何故俺がそんなことしにゃなんねえのだ。 つまり、雅也には関係持つにしてもこの部屋以外でやってもらうしかねえ訳だが、最善策は雅也が男とそう言う関係にならねえことだ。 変に警戒心を養っても仕方ねえのだが、呑気な寝顔を見てると心配になるのだ。 「もしかして……ケツの心配したことねえか?」 普通に生きてたらしねえわな、わかる。 だが此処は野郎にケツを狙われる場所だ、それを教えてやらなきゃなんねえ……のか? 俺が? 「……今日は、疲れたから寝るか」 現実から目を背け、はしごで上に上がり横になる。 はあ、とため息を溢してから何となく下を覗き込めば起きる気配がねえ雅也の寝顔が見えるだけ。 「うん、こいつは完全にケツ掘られるタイプだ」 俺を含め学園内にノンケは少なくはねえが、こういう呑気なノンケほど餌食になりやすい。 静かな室内で、この静けさが奪われねえ程度には、雅也にそれとなく学園の特色と危険性を説いてやるかと欠伸をしながら寝ることにした。 *
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