2/6
前へ
/30ページ
次へ
 最初、井上さんは名簿の中だけに存在する生徒だった。フク先生からは家庭の事情で休んでいると聞いたが、深く気にする生徒はいなかったと思う。クラス替えが済んだばかりの教室では、新たな友達作りに必死だった。  夏休みが明けると、井上さんがぽっ、と現れた。授業中はだいたい寝ているし、班やクラスの活動に参加をすることがあっても、ぼんやりとしている。そんな彼女でも、小学生の頃は明るく元気な普通の女子生徒だったらしい。気にかける子がいたし、フク先生がクラスに馴染ませようと努力した。でも、だめだった。  井上さんを見る目はあっという間に変わった。  誰が何をしても良くならないのなら放っておこう。寝てばかりの生き物なのだと割り切りれば良い。そうして、このクラスはなんとなく廻ってきた。  同じ空間にいるだけなら見て見ぬふりができるのに、同じ係ではそうはいかない。  初仕事は習字の作品の片付けだ。廊下の掲示板に飾られた冬休みの宿題を外して皆に配る。並ぶ「花鳥風月」を前に心細さを感じたが、すぐに大丈夫だと持ち直す。同じ係の日下部さんの存在は大きい。 「宮本さんと一緒で本当に良かった。男子だとサボることばかりで頼りにならないんだよね。よし、さくっと片付けちゃおう」  日下部さんはあまり話したことのない私に対しても優しい。運動も勉強もできる優等生で、クラスで一番華やかな女子グループに属している。それを鼻にかけず、誰にでも気さくなため男女問わず人気がある。   二人でさっそく取り外しにかかると、フク先生が大股で待ったをかけた。 「ちゃんと井上に声をかけてくれよ」  隅に追いやっていた問題を引っ張り出され、日下部さんは唇を尖らせた。 「先生がやってくださいよ。私達が声をかけるのと対して変わらないじゃないですか」 「同じ係だから意味があるんだよ。先生は用事があって忙しいんだ。よろしく頼むぞ」  フク先生は足早に立ち去った。
/30ページ

最初のコメントを投稿しよう!

26人が本棚に入れています
本棚に追加