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 まっすぐ家に帰るのはもったいない気分だ。ちょっと寄り道をして千歌ちゃんと仲良くなったお祝いをしよう。コンビニでホットココアと肉まんを買うと近くの公園のベンチに座る。ここは特別な場所だ。学区の外れに近く、友達と会うことはないから人目を気にせずに済む。私は薄闇が迫るまでのんびりと過ごし、公園を出ることにした。  公園の近くには住宅街があり交通量が多い。安全を確認しながら自転車を押して公道へ出ると、車椅子を押す女性の姿がある。サラサラのストレートヘアに鼻筋の通った顔。濃いグリーンのコートからのぞく白いパンツがおしゃれで、足元のスニーカーが上品に感じる。  とても綺麗。ファッション雑誌に紹介されそうなセンスの良さだ。  ふと、相手と目が合う。女性は私を認めると真顔になり、すぐに車椅子に腰掛ける男性に耳打ちをした。何かを示し合わせているような感じだ。  なんだろう。おかしさに様子を窺えば、女性はすぐに魅力的な笑みを浮かべた。 「宮本さん、こんばんは」  知らない女性が私の名前を口にしている。びっくりしながら、挨拶を無視するのは失礼かと思い応えた。誰だろう、親の知り合いかな。声に覚えがあるけれど、どこで聞いたのか思い出せない。記憶を辿っていると車椅子の男性が女性に尋ねた。 「栞さんの知り合いかな」 「うん、同じクラスの宮本さん。散歩中に会うとは思わずに驚いちゃった」 「そうなんだね。宮本さん初めまして。僕は博です。栞さんにはいつもお世話になっています」  彼女の名前を心の中で反芻する。同じクラスの「栞」といえば「井上栞」しかいない。授業中は寝てばかり、たまに起きても上の空で、係の手伝いは全くしない。あの問題児が上品な装いで佇んでいる。  彼女が、本当に、井上さん? 嘘だ。学校で黒髪をメデューサにする生徒が、こんなにまともなはずがない。  信じられないが、その声は確かに井上さんにそっくりだ。 「以前は係の仕事を断って本当にごめんなさい。実は私、毎日ボランティアに忙しくて、放課後はすぐに帰るようにしているの」  ボランティアなんて似合わない。聞けば聞くほど混乱する。  戸惑う私を他所に井上さんは世間話を始めた。今日の天気、ささやかなニュース。互いが嫌な気持ちにならない無難な内容が寒空に消えていく。  食べた物が胃の中で悩ましげに踊る。すぐにでもこの場を離れたいが、二人は楽しそうでタイミングが見つからない。仕方なく流されるまま相槌を打つ。 「栞さん、そろそろ帰らないと。自宅にヘルパーさんが来る時間になるよ」 「いけない、もうそんな時間なのね」  よく分からないが助かった。これでおかしな立ち話はお終いらしい。立ち去ろうとすれば、井上さんが突然こちらに体を寄せた。 「約束して。今日のことは学校では絶対口にしないって」  他の人に知られたら世界が滅びるかもしれない。大袈裟だけれど、それくらい神妙だった。   私は開放されたいあまり、すぐに同意した。井上さんは本当に約束を守るのか確かめるように、こちらを見据えている。
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