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「おはよう」
いつものようにバスに乗り込むと、いつも出入口付近の座席に座っているおじさんに声をかけられた。薄汚れた作業着、ぼさぼさの髪。名前は知らないけれど、いつも同じ席に座っているから顔だけは知っている。きっとおじさんのほうも『いつもの子』だと思って声をかけたに違いないと、わたしは「おはようございます」と挨拶を返した。
次の日も、その次の日も、おじさんはわたしに声をかけてきた。声をかけるといっても話をするわけではなく、ただ挨拶を交わすだけだ。
最初はちょっと怖いなと思っていたけれど、おじさんは笑うと目が線になってほっぺたにえくぼができる。その笑顔は、自分の父親にはないものだったし、かわいいと思えないこともなく、わたしはだんだんとおじさんが怖くなくなっていった。
挨拶を交わすようになって一週間が過ぎた頃、おじさんが挨拶以外の言葉をわたしにかけてきた。
「この間はありがとうね」
一体なんのことだろう? おじさんにお礼を言われるようなことはなにもしていないはずだ。返事に困るわたしを無視して、おじさんは笑顔で話し続けた。
「お金、両替してくれたでしょう?」
このバスには両替機がない。両替をする場合は、降りる時に運転手さんにしてもらう。きっとおじさんは降りる時に小銭がないことに気付き、近くにいた学生に両替してもらったんじゃないかな。そして、それをわたしと勘違いしているのだろう。
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