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 今日も、黒猫一家たちが住まう「猫ハウス」へやって来た。猫の青く美しい目を見ていると、吸い込まれそうになる。  「みんな、このおうち気に入ってくれてるかな?」  猫たちに問いかけてみた。  優子、ありがとう。狭くて古いけれど雨風をしのげるアタシの家で、自由気ままにのびのび暮らしているよ。南向きの玄関は暖かい。和室ばかりの3Kだ。押し入れでの冒険も結構楽しい。一番のお気に入りは、こたつ。冬はその中でずっとぬくぬく過ごしている。  陽が昇れば、優子がやってくる。 「おはよう。はい、どうぞ」  いつものごはんが出てくる。黙々と食べている間に、冷たい水が温かい水に入れ替わっている。 「ペチャペチャペチャ」  音を立てながら水を飲む。お腹を満した後は、このぬるめの水が一番だ。よくわかっている。 「ざっくざっくざっく」  トイレを掃除する音だ。  食べればもちろん、出るものは出る。アタシはレディーなので、砂をかけて綺麗に使っている。次に使う子のために。  息子のラッキーは、友達のいなちゃんにとても懐いている。男同士仲良しだ。  もう一人の息子、あまちゃんはおとなしい。ラッキーがいなちゃんを追いかけたり、縁側で外の景色を見たり、うろちょろしている間ずっと、同じ場所で座っている。  娘のぴっぴは、アタシによく似て麗しい。生まれた頃から美少女だったが、今では立派なべっぴんさんに成長した。気高く凛とした性格もアタシ譲りだ。  この子たちの父親は誰だったのだろう。忘れてしまった。  とにかく子どもたちはみんな、全身が真っ黒。陽の光を受けて輝いている。アタシと同じだ。それがとても嬉しい。  いなちゃんはというと、茶色のシマシマでお腹や足が白い。体も大きい。アタシの1.5倍はあるだろうか。一番小さなぴっぴの2倍はある。  いなちゃんは人気者で、アタシも好いている。よく追いかけてくるのは、アタシが美しいからだろうか。  何はともあれ、今日も気持ちのいい天気だ。 「このくらいの季節がちょうどいいね。もう春だね」と優子が言う。  春か。アタシは何度か経験したことがあるが、子どもたちにとっては初めての春だ。  いなちゃんの正確な年齢はわからないが、おそらくアタシと同じくらいなので、春の魅力を知っている。  南の部屋に座って、陽の光を浴びる。ポカポカする。  心地が良くて、思わず目を細めてしまう。だんだん眠たくなってきた。 「あ、ナミエお母様が日向ぼっこしてる。ゆっくりお昼寝してね。ハックシュン!」  来る日も来る日も、こうして優子は「猫ハウス」へ通う。いつもとんでもない量の抜け毛が待っている。特に春は。  毎朝、優子は(ほうき)とちり取りを持って、お決まりの言葉を口にする。 「さて、今日も掃除しようか」 〜完〜
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