複雑な素直

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『もうお前のお義父さんでも何でもないんだ! 二度とその面を見せるな!』  倉林は今にも殴りかかりそうな剣幕だった。  門前払いを食らう一司に、万里子と二人の子供は目に涙を溜めていた。この女が、一哉と余計な事をしなければ、何もかもプラン通りだった。憎悪すら湧いた。この時、一司に謝る気持ちなど更々なかった。  実家に戻ると、母、詩子は笑顔で出迎えてくれた。「おかえりなさい」と。疲労感が漂わせながら、現実を受け止めようとする姿があった。  彼女の性格上、今回の件がどれほどショックだったか手に取るようにわかった。返す言葉が見つからない。両親は俯き黙る一司に、今後についてを静かに語った。  離婚の流れをどうしていくか、慰謝料や養育費についてなど、待ち受ける現実的を挙げていった。  そこには、どうしようもない息子だと罵る姿はなかった。人生の再構築を真剣に考えてくれていた。  いっそのこと、見限って勘当でもしてくれればよかった。その方がいい。逃げた方が楽だった。見えない未来を嘆きながら、一司は言われた通りにした。もう、どうにでもなれと、自ら人生を諦めた日だった――。 「……うぅ……っ」  あまりの熱さと喉の渇きに、一司は意識を覚醒させた。霞む視界に映ったのは見慣れた天井だった。ここは神谷の寝室だ。いつの間に来たのだろう。何も思い出せないが夢見だけは最悪だった。その所為か心臓が痛い。逸る鼓動を抑えようと、胸元を掴んでいると……。 「……かずちゃん、目が覚めたの? まだ寝てていいのよ」   神谷の声がした。彼は心配そうな面持ちでベッドに腰掛けていた。その姿に、悪夢で乱された一司の心は安息を得た。
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