複雑な素直

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「……水……くれ」  次に水分を要求した。酷い渇きで喉の奥がはりついている。痛いほどだった。唾を飲み込んでもそれは解消されない。 「お水ね! ちょっと待っててね」  神谷が寝室を飛び出た。戻ってくる間、一司は記憶を巡らせた。 (俺、バーに行ってたはずじゃ……)  神谷が迎えに来たことだけは確かなようだが、そこに至るまでの経緯は全く覚えていない。思考が回らない。脳に霧がかかったようだ。とにかく今は身体が熱くて焼け死にそうだ。こうなった原因はわかっている。激しい雨の中、ネクタイピンを探したからだ。 (……怜は……大丈夫だろうか?)  小さな少年を想った。自分と同じように体調を崩している可能性は十分にある。怜自ら一緒に探すと言ったが、無理にでもやめさせたらよかったのだ。ただ、あの時はショックが大きすぎて、冷静な判断が出来なかった。 (もう……見つからねぇだろうな……)  なくした事実は変わらない。やるせない思いに苛まれていると、神谷が水と氷が入ったグラスを手に戻ってきた。 「はい、お水。身体、起こせる?」 「……ああ」  ふうっと息吐いて上体を起こそうとしたが力が入らない。もう一度、試みたが身体はベッドに張り付いたように全く動かなかった。それを見兼ねたのか、神谷が動いた。自らの口に氷水を含むと、一司の両頬を優しく包みながら口付けてきたのだ。 「……っん、んぅ」  冷たい感触に瞼を震わせた。潤いを求めていたのだろう。一司は抵抗せずに口を開いた。その瞬間、咥内の渇きは消え、ほんの少し火照りが引いた。
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