やさしさに触れた時

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 蓋を開くと、おかずの段には綺麗に巻かれた卵焼きと、レンコンと人参のきんぴら。メインに甘辛いタレで味付けされたしょうが焼き。その他に、ほうれん草ともやしのザーサイ和え。彩りのためにプチトマトも添えてあった。ご飯にはごま塩がふりかけられ、中央に梅干しが置いてあった。冷凍食品は一切入っていなかった。 (朝からこんな手間暇かけて作りやがって……)  愛情を感じずにはいられない弁当を、一司は複雑な気持ちで掻き込んだ。 ***  翌週、木曜日の午後。  一司はセンターへと訪れていた。リーフレットも無事に最終案が通り、来週から印刷に入る。その流れを田辺に報告したあと、牧野を探した。雨の日に借りたジャージと運動靴を返すためだ。おそらく彼女はプレイルームだ。長い廊下を進むと窓から広場が見えた。 (……まだ落ちてんのかな)  ふと足を止めて眺めた。風が強いのか土埃が舞っていた。もう一度、探そうかと考えたがやめた。神谷のことを極力考えたくなかったからだ。距離を置くと決めてから一週間。神谷からの連絡はもちろん入るが、仕事を理由にして誘いは全て断ってきた。神谷も忙しいのだろう。以前よりトークの回数は減っていた。  身体はとっくに溺れている。そんな事は一司にも分かり切っていた。だからこそ、心が完全に支配される前に清算すべきなのだ。一時的な快楽や心地よさに流されてはいけない。これ以上、神谷と一緒にいると感情が痛いほど疼いて仕方がない。苦しいのだ。    思い煩うなか、プレイルームに到着した。扉の向こうからは子供たちのはしゃぎ声が聞こえた。 (無駄に元気そうだな……)  今日こそは遊ぼうと頼まれても絶対に断ってやる。固く誓って扉を押した。
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