やさしさに触れた時

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「今回は怜くん自身が虐待を否定して、お母さんのところに戻ることを決めたのよ。最終的にそこを尊重したの。そうなると、個人的な予測や判断では動けないのよ。大槻さんもそれは、わかっているでしょう?」  色々な兼ね合いがあるのだろう。  一司も局に勤める立場だ。責任問題やプライバシーの侵害。一歩間違えると、全責任をセンターが負うことになる。  局はあくまで事務的な立場で関わっている。税金で動くこの事業は、費用に関しても煩い。虐待の疑いが少しでもクリアになったら保護解除しておけばいい。上層部はそう判断したのだ。田辺もその一員だろう。口を開けば子供のためにと言いながらも、真剣に取り組もうとしない。そんな杜撰な調査や保護で、命を落とした子供がいたという事も知っている。 (……スッキリしねぇ)  釈然としないままだ。難しい表情を浮かべたところで牧野が言った。 「怜くん、大槻さんと一緒にサッカーで遊んだことが本当に嬉しかったみたいで、あれから毎日あなたの話をしていたのよ」 「え……?」 キョトンとするしかなかった。眉間の皺はたちまちなくなった。 「サッカーだけは上手かったとか、ブスッとしてるけど、笑うと目が優しいとか言っていたわ」 「……何ですか、それ」  やめて欲しい。鼻で笑った。本性を知らないからそんな事が言えるのだ。 「子供は正直よ。大人の言葉や態度で何でも敏感に感じ取ってしまう。怜くんは特にそうよ。ある意味賢いのよね……大人に対して変な気遣いをしちゃう。それが心配だったりするのよね……」  意味深な科白のあと、牧野は黙った。話は終わったのだろう。
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