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「……じゃあ、そろそろ失礼します」
そんな彼女に軽く一礼して背を向けた時だ。
「大槻さん……っ」
呼び止められた。一司は無言で振り返った。
「怜くんね、ずっと大槻さんのことを待っていたみたいなのよ。次はいつ来るかなって……。あの雨の日から毎日広場に出て、地面にしゃがみ込んでいたの」
「え……?」
まさか、と目を大きく見開いた。
「きっと、大槻さんが落としたネクタイピンを探していたのよ。結局見つからなかったみたいだけど……」
「そう……ですか」
俯いた。それ以上、言葉は出なった。
(何してんだよ、あいつ……)
こんなにも情けない大人を気に掛けて、どうするんだ。それでも怜の思いやりが胸に沁みた。心が揺さ振られた。
「……帰ります。リーフレットの件は田辺副所長に伝えてありますので」
動揺を隠して一司は扉を押した。
「待って、あと一つだけ聞いて!」
立ち去ろうとする一司を牧野は追い掛けた。
(くそ……何だよ)
もう帰らせてくれ。煩わしさを感じた。足は止めなかった。これ以上、ここにいたくなかった。怜の純粋無垢な心に応えられないからだ。何故なら、自分はこんなにも醜くて汚い。たくさんの人を傷付けてきた。綺麗な真心を受け取るに値しない人間なのだ。
「もし、また怜くんとどこかで会った時は、サッカーしてあげてね!」
立ち去る一司の背に向かって牧野は訴えた。頷けなかった。胸の締め付けに耐えながら、一司はセンターをあとにした。
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