やさしさに触れた時

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 茜色に染まる空の下。局へと続く広い歩道を一司は重い足取りで進んでいた。 (……あれから、ずっと探してたって?)  想うのは怜だ。少年の笑顔が脳裏に過った瞬間、秋風が吹きつけ、街路樹が葉音を奏でた。十月を迎えてから気温はぐっと下がり、肌寒さすら感じた。それが余計に憂いを呼ぶ。  一司は後悔していた。あの雨の日、怜に言葉をかけなかったことを、今更、悔いていた。どうしてたったひと言「ありがとう」と伝えなかったのか。  それなのに怜はなくしたネクタイピンを探し続けてくれていた。一司の知らないところでずっと。 (もう、会えねぇのかな……)  この時、初めて痛感した。別れは突然に訪れるということに。  牧野は言った。また怜とサッカーをしてあげて欲しいと。その『また』は果たして来るのだろうか。ぼんやりとした目つきで空を仰いだあと、視線を正面に戻した。 「あれは……?」  呟いて瞳を凝らした。局の正門に小さな子供が佇んでいたからだ。まるで誰を待っているかのようにビルディング庁舎を見上げていた。  頭には黄色い通学帽を被ってあった。濃紺のランドセルを背負っている。男子小学生だ。職員の子供だろうか。徐々に距離が縮まるなか、少年はクルリと振り返ると……。 「あっ、オッサン!」 「……れ、怜!?」  子供の正体は怜だったのだ。思ってもみなかった再会に一司は驚き声を上げた。 「お帰り! よかった、会えたっ」  満面の笑みで怜が駆けてくる。直後、小さな衝撃を受けた。怜が一司の腰に抱き付いてきたのだ。まるで父親の帰りを待ち詫びていたかのような喜びぶりだった。 「怜、お前、どうしてこんなところに……」 「牧野さんが、オッサンはここで働いてるって聞いたから、会いに来たんだ!」  狼狽える一司に怜はへへっと笑った。
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