やさしさに触れた時

11/14
前へ
/267ページ
次へ
「だったら次は中に入って受付の人に俺の名前を言え。ここで待ってたら夜になるぞ」 「わかった、そうする。俺、サッカー大好きだから楽しみ!」 「それで、さっきの話……おい、怜っ⁉」  笑顔を輝かす怜へと問いかけたが、肩に置いた手は振り払われた。怜はそのまま大通りを跨ぐ歩道橋へと走り出した。 「待てって……!」  子供の素早さに反応がついていかなかった。慌てて呼び止めると、階段を上る手前で怜がパッと振り返った。 「一司さん、ありがとう……俺、一司さんのこと好きだよ! またな!」  素直な気持ちを大きな声にしたあと、怜は小さな身体には不釣り合いのランドセルを揺らして階段を駆け上っていった。   「……怜」  茫然と突っ立つなか、一司は怜が口にした『あいつ』の正体を探った。  母親ではないことは確かなようだ。では一体、誰の事を指すのか。  父親か、はたまた祖父母か。それとも全くの赤の他人か。結局わからずだった。目で確認しないことには全て推測の域で終わってしまう。同時に疑問が駆けた。センターや牧野は『あいつ』の存在を認識していたかということだ。この後、牧野に電話を入れて事実確認をしよう。怜の事を想い、動く自分がいた。 「全く……」  参ってしまう。一司は前髪をくしゃりと掴んだ。心の変化に感情が追いつかないのだ。  怜の笑顔が眩しかった。こんな自分を好きだと言った。ストレートな言葉は綺麗だった。純粋なまでの素直だった。それに比べて自分はどうだと、次は手の中のネクタイピンを見つめた。  神谷の笑顔、声が無性に恋しくなった。匂いも熱も、全部求めてしまう。 (ああ……ふざけてやがる)  とうとう気づいてしまった。想いを自覚してしまった。自分はどこまで馬鹿な男なのだ。もうとっくに心は神谷竜二に溺れていたのだ。 「……ははっ、ホントに洒落になんねぇ」  夕闇迫る秋空の下、一司は自らを嘲笑った。
/267ページ

最初のコメントを投稿しよう!

1530人が本棚に入れています
本棚に追加