やさしさに触れた時

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***  自覚した想いを抱えたまま、一司は帰路についた。本当なら『idea』にでも行きたいところだが叶わなかった。大切な話があると、父から連絡が入ったのだ。 (牧野さん、繋がらなかったな……)  怜と別れたあと、すぐにセンターに電話をかけたが、生憎、牧野は不在だった。急用で外出したとの事だった。結局、連絡が取れないまま業務を終えた。  怜の言う『あいつ』が気になって仕方がない。神谷を想う心が煩い。もともと絡まっていた糸はさらに縺れ、一司を追い詰めた。そこに怜のことだ。 「はぁ……」  魂すら抜けそうな溜息をつきながら、一司は帰宅した。  リビングから話声が聞こえる。扉を開けるとソファには父と母が向かい合わせで座っていた。二人とも真剣な面持ちをしている。緊張した空気が漂っていた。これは何かある。いい話ではなさそうだ。 「お帰り、一司。こっちに座りなさい」  顔を引き締めたところで父が手招いた。ただでさえ気持ちは参っている。これ以上、何かを受け止めるキャパシティーはない。そう思いながらも一司はソファへと腰を下ろした。 「話って何ですか?」  まわりくどいことはなしだ。早く終わらせようと単刀直入に尋ねると、父は静かに頷いた。 「……実はな、智史と陽菜がお前に会いたがっているそうだ」 「……え?」  怪訝な表情を返す一司に父は目尻を下げた。 「前回、お前に会えたことがよほど嬉しかったみたいだ。早くパパに会いたいと毎日言っていると、今朝、万里子さんから連絡を受けたんだ」 「……へぇ」  視線を伏せながら、久し振りの再会を想起した。  確かに子供たちは喜んでいた。次も絶対会ってねと強請られたことも、ちゃんと覚えている。
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