やさしさに触れた時

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(会いたい……か)  二人の笑顔が過った。胸に温かいものが込み上げた。しかしと、一司は顔を上げた。 「……面会は月一回です。だったら来月の面会日まで待つしかないでしょう」  離婚時に交わした約束だ。そこに異論はなかった。我が子であっても、会わなくていいと冷めた感情があったからだ。ところが、どうだろう。今の話を聞いた途端、新たな感情が芽生えた。柄にもなく嬉しいと感じた。子供に会いたいとさえ思った。 「そうなんだが、今回は特別に会ってやってくれないか。万里子さんとお前と、子供たちを含めた四人で……」 「え……?」  四人とはどういう事だ。話の流れが理解できない。眉を顰める一司に母が口を開いた。 「智史くんと陽菜ちゃんね。今度幼稚園で『家族でお出かけ』ってテーマの絵を描くんですって。そこにどうしてもパパを描きたいって言っているらしいのよ」 「あり得ないだろう。いきなり過ぎる。だいたい万里子だって嫌がるだろうし、俺だって今更どんな顔して万里子に会えっていうんだよ……」 拒否した。あれだけ酷い仕打ちを受けた彼女だ。一司の顔すら見たくないはずだ。だが、父の言葉でそれは覆った。 「万里子さんの了解も得ているぞ」 「は……?」  余計に意味がわからない。戸惑いばかりが強まった。  父は続ける。 「これは倉林家からの正式な申し入れだ。実の父親にどうしても会いたいという子供たちの願いに折れたらしい。万里子さんも短時間なら構わないと言っているし、家族としての思い出作りをしてやりたいそうだ」 「いや、だからって……流石にそれは無理です」  一家揃って出かけた記憶は殆どない。今更、家族四人で外出なんて無理だ。一司は改めて断る意思を見せたが、父は飲まなかった。 「無理じゃない。必ず一緒に行ってあげなさい。日程は急だが、次の日曜日だ。水族館に行きたいと聞いている」 「次のって……」  三日後だ。 (勝手に決めるなよ……!)  出かかった文句は唇を強く結んで閉じ込めた。
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