やさしさに触れた時

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「前にも言ったが、離婚してもお前があの子達の父親には変わりない。養育費も払わなくて済んでいるんだ。それぐらいはしてあげなさい」  厳しい口調で諭された。困惑を隠せずに一司は押し黙った。  子供に会うのが嫌とかではない。どんな顔をして会えばいいのかわからないからだ。戸惑いと不安が押し寄せたのだ。黙り続ける息子に父は言葉をかけた。 「一司、ありのままでいいんだ……飾る必要はない。今のお前でいい……だから行ってやってくれ」  懇願するような瞳だった。父のこんな顔は知らない。母も同じ表情で一司を見つめていた。 「……わかった」  頷くしかなかった。  離婚し、智史と陽菜は大槻家直系の孫では無くなった。それでも両親にとって二人は可愛い孫に変わりない。  月一回の面会だが、子供たちが大きくなるにつれ、会う頻度は自然と減るだろう。一司は複雑な気持ちに苛まれた。自分の愚行が招いた結果だからだ。  話が終わってすぐ、一司は二階の自室へと移動した。電気も点けず、薄暗い部屋にただ一人、ベッドの上に仰向けになって寝転んでいた。 「……どうしろって言うんだよ」  額に片手をあてた。ここにきてまさかの展開だ。次の日曜日が憂鬱で仕方がない。一司は悩まし気な溜息を吐きながら寝返りをうった。  視界の先にはパソコンや書籍を置いたデスクがある。小さな布製の袋も一緒に置いてあった。熱で倒れた翌日、神谷が持たせてくれた弁当箱だ。 「……弁当箱、返しに行かねぇとな」  あれから一週間。  気持ちの変化に混乱していた。怜も心配だ。万里子に対する戸惑いもある。智史と陽菜も気掛かりだ。  こんな時、神谷に会えたらどんなに心が楽になるだろうか。だが、一司はそれを選択しない。会うと全てを委ねてしまうとわかっているからだ。きっと、最後の一線を越えてしまう。  あれほど嫌悪してきた同性愛だ。抜かれ抜き合い、ゲーム感覚で性欲を発散してきただけだ。それなのに……。 「俺のバカ野郎……なんで自覚した」  神谷が好きだ。好きになってしまった。どうしようもないくらいに気持ちは溢れている。それなのに苦しい。その理由はきっと……。 (……ダメなんだ)  一司は静かに瞳を閉じた。心の奥底に想いをしまった。
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