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「怜はな……怜はっ……!」
言葉が出ない。怜の笑顔が離れない。
元気だった。昨日の夕方、彼は確かに笑っていた。ネクタイピンを届けてくれた。一司さんと言った。サッカーがしたいとねだった。感情が壊れそうだった。瞳の奥が熱を持った。一司の視界が滲んだ時だった。
「だって……しょうがないじゃないっ!!」
母親が身を捩って抵抗した。一司を見つめる目は敵意に溢れていた。
「しょうがないって……なんだよ」
睨み返しながら問う。この状況を『しょうがない』で済ますのかと。
「だって、彼が……怜のことが邪魔だって言うし……怜だって彼の言う事を全然聞かないし……!」
彼……『あいつ』だ。繋がった。
「邪魔なら、なんで怜の保護解除を受け入れたんだ! 言ってみろ‼」
掴んだ胸倉を強く揺さ振って吼えた。
「彼が出て行ったからよ! でも昨日、やっぱりやり直したいって帰って来てくれたの。それなのに怜ったら彼に対して生意気なことばかり言って……!」
その結果が暴力なのか。
母親の言い分はまだ続く。
「もちろん彼は怒ったわ。私も怜に謝りなさいって言ったのよ。だから、あれは暴力なんかじゃない……躾のひとつよ!」
(意味がわからねぇ……)
この期に及んで何を言っているだろう。拳に力が入った。彼女は『母親』じゃない。『女』なのだ。
「男が戻ってきたら怜はどうでもいいって事か。なにが躾だ……お前らがやった事は立派な虐待じゃねぇか……」
怒りが止まらない。搾り出した声は静かでいて低かった。相手を恐怖に陥れるほどの威圧感があった。
「……だ、だって、彼がいないと……私っ」
一司の凄まじい怒気に怜の母親は奥歯をカチカチと鳴らした。
「お前の事なんてどうでもいいんだよ。それより、その男、何処にいるんだ?」
一司は確信する。彼女は男の居場所を知っているはずだ。今まで、男の存在と一緒に怜への虐待を隠してきたのだ。証拠を消し、調査も上手くすり抜けてきた。男の入れ知恵もあったのだろう。
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